引きこもり探偵ジョームズ

四畳 半平太

第0話 出会い

私の名前はジョニー・ワトソー。

戦争帰りの軍医である。戦地のアガフンで肩に銃撃を受けたことで傷病兵として本国に送還され、このドンロンの街に帰ってきた。


両親を早くに亡くし、妻も子もない私には帰る家がない。軍からの退職金も決して潤沢ではない。まずは住むところが課題という寂しい40男である。


そんな時、小さい頃母のように可愛がってくれたエリスン夫人が、自分の家の一室を人に貸しているから、ルームシェアで良ければ下宿しないかと言ってくれた。

広い部屋なのでルームシェアで貸したいのだが、どうしても一人分埋まらないという。


なんでも同居人が相当変わった人物らしく、シェアする相手が出てもすぐに出ていってしまうらしい。


軍人上がりの私は多少の事では驚かない心臓を持っているし、家賃もかなり安いことから、二つ返事でお願いすることにした。医者を生業とするような輩は人間観察も楽しみの1つなのである。望むところではないか。


ベーカリー街221番地。

市街地の真っ只中にあるエリスン婦人の家は、立派な二階建ての古風な建築であった。エリスン婦人に挨拶とお礼を済ませ、早速問題児がいるという二階の部屋のドアをノックした。


コンコン


「やあ、入りたまえ」


ドアの向こうから気さくな声が聞こえる。

広くて無駄なものが一切ない殺風景な部屋に入ると、リクライニングチェアに座って何かを熱心に読んでいる者がいる。こちらを見ようともしない。

年の頃は私と同じか、少し年下に見える。


「あ、初めまして、私は…」


「しっ!みなまで言わんでよろしい」


「???」


「わかるよ、きみは医者だね?それも軍医…怪我を負って退役…戦地はアガフンと言ったところか」


「な、なぜそれがわかるんだい!?私はまだ何も言っていないのに」


「1を知ることで10を知る。世の中で起きているだいたいの事象はこの部屋から一歩も出ずに知ることができるのさ。それが私の仕事なんだよワトソーくん」


「私の名前まで…いったいどうして…」


「申し遅れたが、私の名前はチャロック・ジョームズ。私立探偵をしている。依頼を受けた事件の大半はこの部屋から出ずに解決してしまう優秀な男さ」


部屋から出ずに…?

すると階下から人が訪れてきたらしい物音がする。


「例えば…今階下にやってきた人物、これは恐らく依頼人だろう」


「確かに足音が近づいてくるね」


足音は階段を上がり、この部屋の入り口に向かう少し長めの廊下を移動している。


「歩幅は小さく、時おり躊躇するように止まる…恐らく女性で、男性がらみの案件だろう」


「なぜそう思うんだい?」


「歩幅が小さいのは女性、時おり躊躇するのは、なかなか話しづらい話題だからだ。女性が切り出しづらい悩みと言えば男性問題しかない」


この男の洞察力、驚嘆に値するかもしれない。

その時、ドアをノックする音が聞こえた。


コンコン


「どうぞ」


「ちわー、ジョームズさんに宅配便です!」


・・・・・・・


しばし沈黙が流れた。

呆然という名の沈黙。


「ハンコはここでいいのかね?」


「ありがとうございましたー!」


バタン


「偉大なる論理学者は、水道の一滴の水を見てはるか上流の大瀑布まで想像が至るという。推理とはそういうものなのだよワトソーくん」


なにを威張ってるんだコイツは。


「しかしジョームズ、私の経歴はなぜわかったんだ?キミは私を一目しか見てなかっただろう?」


「なぁに、簡単なことだよワトソーくん」


私は思わず息を呑んだ。


「エリスン夫人に聞いていたからね」


「事前情報かよ。思わせぶりに話すなっ」


ああ、何となくこの男がなぜくせ者と言われるかわかってきた。しかし同時にふつふつと興味がわいてきた事も事実である。


ふと彼が思い出したように言った。


「あ、そうそう、一つ言い忘れた。医者のきみに言うのも何なんだが、歯磨きは1日に4回も5回もするものじゃないよ。結果的に歯に悪いらしいからさ」


え?

確かに私は歯磨きを一日何回もする癖がある。しかしその癖についてはエリスン夫人も知らないはずだし、この町にそれを知る人などいないだろう。なぜこの男はそれを知っているのだ?


ジョームズは私の驚いた顔をまじまじと観ると、満足そうに椅子に身を沈めた。

私は狐につままれたような心地のまま、不思議な彼の同居人となった。

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