峰吉の筆 ー幕末史書き換え 誰も傷つかない幕末ー
青木
第1話 龍馬との約束
「
(寒いなあ。はよ戻って龍馬さんと中岡さんに食べてもらお。おれも、おこぼれ、分けてもらえるやろか。)
と、近江屋の前で峰吉の足が止まった。中の異変を肌で感じた。開いたままの戸から、のれんをくぐって入ると、二階に続く階段の下に大男が倒れていた。
(
龍馬の付き人をしていた元力士だ。背中を一刀で
「龍馬さん!どうなさはったんです!?何が!?」
峰吉は、気が動転した。とにかくも、龍馬を腕の中に抱えた。
「峰やん・・・。わしゃ、もういかんぜよ。脳をやられたきに。中岡もやられた。悔しいのう。」
「しっかりしてください!龍馬さんは、新しい日本に必要な人です!一体、だれがこんなことを!」
峰吉の目に涙があふれてきた。峰吉は17歳だ。龍馬に出会ってまだ1年。もっと龍馬のそばにいたかった。心から尊敬している。
「だれかぁは、わからん。・・わからんが、同じ日本人同士、なんで殺し合わないかん。ペルリ(ペリー)が来てから日本中ほたえまわった(※)が、それで数え切れんくらい人が死んだ。
龍馬は呼吸をするのも苦しそうな顔で、
「峰やん。これは、わしが
龍馬は、峰吉に袋を渡した。峰吉が袋の中をのぞいてみると、筆、
「・・・。」
峰吉は訳も分からず、この三点の書道具を見つめていた。
「そんとき、その清国人は『これを使って書いた歴史は、その通りになる。ただし、過去の歴史しか書けん。つまり、書き直すことしかできん。』と言うとった。その清国人は、それっきり姿を現さんくなったし、半信半疑、いや大嘘こきやと思っちょったが、なんか気になって今日まで持っちょった。峰やん、これでおんしが歴史を書き直してくれ。」
「龍馬さん!気を確かに!」
「おいおい、脳をやられとるが、気は変になっちょらん。信じちょらんようやな。仕方ないわな。わしも試したことがないきに。じゃが、おまん、書いてくれんか。おんしは、本屋の伜じゃ。本もよう読んどるやろうし、文も上手く書けるやろ。」
確かに、峰吉はこの近くの本屋・菊屋の息子だ。
龍馬は続ける。
「峰やん、さっきも言うたが、ペルリが来てから日本人は血を流しすぎた。だから、わしは新しい日本になるにしても、血を流さずに幕府を倒す道を選んできた。じゃが、わしもこうなった。これからも、どんどん人は死んでいくじゃろう。この手習いの道具があの清国人が言うように本物なら、誰も傷つかない歴史を書いてくれ。」
不意に、龍馬の目から涙が止めどもなく流れてきた。これまで見てきた親友や仲間たちの死が思い出されたのだろう。そして、今度は自分が
「わかりました。これが本物なら、おれが歴史を書き直します。誰も傷つくことのない歴史を。約束します。」
峰吉は、決然として言った。
龍馬は、さわやかにほほえんだ。このほほえみで、どれだけ多くの人間の心をとらえてきただろう。峰吉もそのうちの一人だ。
そして、静かに龍馬の目は閉じられた。その目は二度と開かなかった。
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