第2話 荒れ果てた大地で

 荒れ果てひび割れた大地。そこには枯れ木が生えているだけだ。

 そんな広大な荒れ地が目の前に広がっている。

 風が吹き荒れると巻き起こる黒い砂が目に痛い。


「ここは……どこなんだ?」

「分からないわ。タイムマシンは成功したはずだから過去か未来かはわからないけど」


 ここが過去か未来の世界だって言うのか? こんな荒野がか?


「本当にここは元の世界なのか?」


 異世界転生をしている身だけどすんなりと受け入れられない。


「恐らく、ここはあの村の近くのはずよ。場所にズレはそこまでないはずだから」

「そうなのか。因みに、直ぐに戻る事は出来るのか?」

「……出来ないわ。魔力が不足してる。自然の魔力を動力源にして動くんだけど、それを蓄えられるくらい回復するまでここで生活しないといけないの」

「そんな……」


 でかい塊のタイムマシンはうんともすんとも言わない。

 こんな荒れ果てた世界で魔力が回復するまで生活しないといけないのか。


「大体、何日くらいでタイムマシンは動ける予定なんだ?」

「多分、一日か二日くらいだと思う」


 水もないし保存食もない世界で一日か二日か。

 あ、でも水は魔法で創れるか。なら、問題はないのか?

 水だけでも人は一週間は生きて行けると聴いたことがあるし。

 なんとか生き残れはしそうか? と言っても周りを見渡しても何もない。

 川もなければ森もない。

 この世界が自然に満ち溢れていたあの村の近くだとは思えなかった。

 でも、決断しないといけない。

 まずは俺たちの住んでいた村を探そう。

 その為には高い所に登ってみよう。


「直ぐ目の前に少し高い山が見えるからそこから辺りを見てみよう」

「ええ、分かったわ」

「そう言えば、タイムマシンはそのまま置いておいても大丈夫なのか?」

「大丈夫でしょうね。誰かが持って帰るにも重くて持てないし、壊そうとする奴もいなさそうでしょう?」

「それもそうか」


 このタイムマシンが壊れたら元の世界には帰れない。

 まさに俺たちの生命線だ。

 だけど、こんな重い金属の塊を十歳の俺たちが持って行けるわけもない。

 ここは置いて行くしかないな。


「じゃあ、行きましょうか」

「そうだな」


 荒れ果てた荒野を二人して歩く。

 そして、直ぐ小さな山の下まで到着した。

 今度はその山を登っていく。

 日頃鍛えている俺にはそこまで辛い道のりじゃないけど、引きこもりのエイミーにとってはかなり辛いようだ。

 手を引いて歩く。


「ありがとう」


「喋ると疲れるぞ。良いから、今は頑張ろうぜ」


 エイミーの呼吸は荒くなっている。

 普段、体力を使わないので辛いだろうに弱音を吐かずに登っている。


 そして、小山の頂上に到着した。

 エイミーに魔法で空中に水球を創った水を飲ませる。


「んく。ありがとう」

「良いよ。頑張ったな」


 俺もその水を飲んだ。おっと、これって関節キッスなのでは? ってそんな事言っている場合じゃないか。


 小山の上から見える景色は荒野だけだ。辺り一面が全て荒野になっている。

 本当にあの村の近くなのか? 信じられない光景だ。


「あ、あそこ! なにか白いのが見えるわ!」

「ん? 本当だ。なんかの建物か?」


 辺り一面の荒野にポツンと白い丸い形の建物が見えた。

 大きさは東京ドームくらいの大きさだ。


「今度はあそこに行ってみましょう。誰か人がいるかもしれないわ」

「そうだな。なにか食料とかも貰えるかもしれない」


 遠くに見える建物だ。今度はそこを目指して荒れ果てた荒野を歩いていく。


 何時間掛かったのだろうか、二時間か三時間か。

 やっと、白い建物に着いた。

 エイミーはもう肩で息をしている。限界が近いのだろう。


「あと少しだから頑張れエイミー」

「うん。頑張る」


 建物の扉を開けて中に入る。

 中に入るとなにか腐ったような……刺激の強い匂いがする。

 建物は本当にドーム状になっている。

 そして、人の姿がドームの中央に集まっているのが見えた。


「人だ。人がいるぞ!」

「本当? 行きましょう!」


 道を進み、中央に向かっていく。

 すると、人がどんどん近くに見えてくる。

 なんだ? その人たちは動きもせずにその場に座っている。

 大人も子供もだ。異様な光景に見える。

 そしてなにより、誰もがガリガリにやせ細っている。

 その姿は無駄なエネルギーを消費しないようにじっとしているようにしか見えない。


 こんな光景は見たことがある。前世で見たホームレスの姿みたいだ。


「あのー……すみません」


 一番近い人に声を掛けるが、その人はちらりと一瞥すると、直ぐに下を向いてしまう。

 完全に会話を拒否されてしまった。

 他の人たちにも声を掛けていくのだが、誰もが答えてくれない。


 どんどん人の群れを過ぎて中央に向かっていく。


「おや、子供が来たのか。珍しいのう」


 その時、声が掛けられる。

 目を向けると、古い外套を着た一人の老人がいた。


「俺たち、外から来たんだ。なにか、食料を恵んでくれないか?」


 その声に、辺りから一斉に責めるような視線が集まった。

 その視線が俺に集まっている事に、前世を思い出して震えてしまう。

 恐れで手が震えて、恐怖を感じる。

 それは前世で両親と喧嘩をした時に見た。誰かを非難する目線だ。


「悪いが外の者に食べ物はやれないのじゃ」

「なんでなんだ?」

「ここの皆を見て分からないの? 食料が無いのよ」

「その少女の言う通りじゃ。本当に備蓄がないのじゃ」

「そんな……」


 でも、確かに周りにいる人は、お腹の辺りがぽっこりと膨らんでいる人達も多少だがいる。

 前世でも見たことがあったな。あれは栄養失調の時に起こる症状なのでは?

 だとするなら、食料がないのは本当の事なんだろうな。


「ただ、地下になら食料が残っているのかもしれないぞ」

「本当か!? なら、何で行かないんだ?」

「それだけ危険があるって事でしょうね」

「その通りじゃ。地下には暴走したガーディアンがいて、中に入ると攻撃されるのじゃ。それに今の我々では地下に潜る程の体力もない」

「やるよ。俺が見つけて来る。だから、その時には食料を分けてくれ」

「私も行くわ。だから、お願いします」

「それはワシらとしても願ったり叶ったりじゃが。良いのか? 二ヶ月前に潜った老人も戻ってこない。恐らく死んだんだろう。それだけ危険だという事だ。それでも行くのだな?」

「ああ、行くよ」


 ここの人たちは全てを諦めた目をしている。

 老人も子供も大人もだ。

 緩慢な死を受け入れている。

 俺は転生をした時に願ったじゃないか。

 ――誰かを救う英雄になりたい

 そう願ったんだ。なら、俺がこいつらを救って見せる!


「お主たちの名前を教えて貰っても良いかな?」

「ああ、俺はクリス。クリス=オールディスだ。こっちはエイミー=ラバルだ」

「クリス=オールディスにエイミー=ラバルだと!?」

「じいさん俺たちの事知ってるのか?」

「ああ、知っているとも。まず、エイミー=ラバルはこの避難用のドームやガーディアンを作ったりしてくれたりと現代の人類に多くの発明をした有名な発明家じゃ」

「えへへ、照れるな」


 お前とは限らないだろうに。同姓同名の別人かもしれないんだぞ。照れるな照れるな。


「それにクリス=オールディスは二ヶ月前に地下に食料を取りにいった者じゃ」


 俺たちがいるって事はここは未来の世界ということか?

 だとしたら今の俺たちは何歳なんだろう。


「ねぇ、おじいちゃん。今は何年なの」

「そんな事も知らんのか? 今は聖歴九百五十年じゃよ」

「聖歴九百五十年!?」


 エイミーが驚く。だけど、俺は前の世界の暦が分からないので、そんなに驚きはない。

 というか聴かないと分からない。

 小声でエイミーに聴いて見る。


「なぁ、エイミー聖歴九百五十年ってどのくらい未来なんだ?」

「私達が前いた世界が聖歴九百年だから五十年後の世界よ」


 五十年!? この世界は五十年後の世界なのか。

 そんな五十年くらいであの長閑な村がここまで荒れ果てた大地になるのか。

 余りにも信じられない。嘘だろ……。


「ねぇ、おじいちゃん。なんでこの世界はこんな世界になったの?」

「それは、今から十年前に封印された魔王が復活したのじゃ」


 魔王? それってありきたりな話だな。

 でも、歴史書を見た限り魔王ってのは現代から百五十年前――今の世界からだと二百年前――に勇者によって封印されたらしいじゃないか。

 それが復活したって事か?


「その魔王の復活と共に空から隕石が降り注いで、世界は海に飲まれ、大地の恵みは全て滅ぼされたのじゃ。我々は地下シェルターに逃げ込んで難を逃れたのじゃが……。今の世界で生きているのはエイミー=ラバルの作ったドームにいる我々だけじゃろう」


 恐竜が隕石によって滅ぼされたみたいなことか。それで、世界の文明は崩壊したと……。

 ってことは今は氷河期みたいなものだな。


「その魔王の名前はなんて言うんだ?」

「魔王の名前はヘルヴォクじゃ」

「じいさん。ありがとう」



「ヘルヴォク……それがこんな世界にした奴か」


 二人で顔を合わせて作戦会議をする。


「聴いた事ない名前ね。昔の魔王の名前も分からないから合っているかも分からないわ」

「そうだよなー。前に読んだ歴史書にも封印された魔王の名前は書いてなかったしな」

「そうね。でも、聴いた話によれば封印された魔王が復活して世界は崩壊したということみたいね」

「そして、こういうドームとか人類に大きな貢献をした人物はエイミー=ラッセルって人らしいな」

「いやぁ~なんか照れちゃうね」

「エイミーの事だとは分からないけどな」


 そこはきっぱりと言うぞ。

 でも、タイムマシンを作れるんだから、もしかしたら本当かもしれないけどね。

 だけど、調子に乗ると困るから言わないけどな。


 とりあえず、分かっていることをまとめる。

 一、百五十年前の勇者が魔王を封印する。

 二、百九十年後に封印された魔王が復活する。そして、隕石によって文明と世界は崩壊する。

 三、その中で人類に貢献したのはエイミー=ラッセルという発明家。

 というところか。


「エイミー。体力は回復したか?」

「うん。もう平気よ」

「なら、地下に行って見るか」

「分かった。けど、私戦えないから守ってよね」

「そこは任せておけ」


 十歳だけど、幼馴染くらいなら守ってみせるさ。絶対にな。



 じいさんに断ってから地下のシェルターに入る。

 梯子を先に下りようとすると、エイミーに頭を叩かれた。

 なんだよいきなり。


「痛いな。なんだよ」

「ば、バカじゃないの! 私が先に決まってるでしょ!」


 そう言ってスカートを両手で押さえている。

 ああ、そうか。確かに先に行くと見えちゃうよな。パンツが。

 残念だな。いや、本当に残念だ……。


「なによその目……このエッチ」


 ジト目でエイミーに睨まれる。

 これは男の性なんだよ。許してくれエイミー。


 ということで、エイミーが先に階段を下りて、俺が次に付いて行くことになった。

 地下に到着すると、シャッターが下りていて中に入れなくなっている。

 どういうことだ? 二か月前にクリス=オールディスが下りたんだろ?

 開いてないのはおかしいだろう。

 それとも、それだけの――見られたくない――モノがあるんだろうか。


「ねぇ、これ開いてないけどどうするの?」

「任せろこういう時は魔法でぶち開けちゃおう」

岩石砲ロックキャノン!」


 土の中級魔法の岩石を射出する。豪快な音と共にシャッターに大穴が空いた。


「これで行けるだろ?」

「豪快ね……」


 エイミーは呆れているようだった。でも、これでいけるんだから良いだろう?


 地下のシェルターの中を進んでいく。

 じいさんは暴走しガーディアンがいると言っていたのだが、敵がいる気配がない。

 というか壊された甲冑が道の至る所にある。

 これがガーディアンだろう。

 数は二十や三十は転がっているだろう。

 それだけのゴーレムを破壊したクリス=オールディスとはいったい何者なんだろうか。


「なんか拍子抜けね」

「そうだな。敵がいると思ったけど、転がっているのは壊されたガーディアンだけだしな。それにしても、エイミーはガーディアンに興味はないのか?」


 機械オタクで魔道具作ったりしている発明家がガーディアンに興味が沸かないのが不思議だ。


「そりゃ、私だって気になるけど、時と場合は選ぶわよ」

「そうだったのか……意外だな」

「なによそれ。全く失礼しちゃうわ」


 もう歩いて三十分は経っただろうか。

 行き止まりに行き着いた。そこの横に扉が開いている。

 ここが食糧庫か。


「着いたみたいだな。開けるぞ!」

「ええ、良いわよ!」


 思い切って鉄の扉を開ける。

 すると、物凄い何かが腐った匂いが当たりに充満していた。

 余りの匂いの強さに涙が出てくる。

 エイミーも同様に苦しんでいるようだ。


 部屋の中には机があり、そこの上に木箱がいくつも置かれている。

 そして、木箱に近づくとすえた匂いがより強くなる。発生原因はこれだろう。


 というか、悪い予感しかしない。

 思い切って、木箱の中身を空ける。

 中にはカビまみれのパンと水の入った容器が沢山入っている。


「腐ってる……」


 他の木箱も同様に開けまくる。


「これも、これも……これも! 全部腐ってる!」


 これじゃあ、食糧庫の中身全部が腐ってるってことかよ……。


「いやぁ! クリスあれ見て!」

「ん? ……うわぁ!」


 そこにいたのは白骨化した人の骨。それが背中の壁に横たわっていた。

 手には折れた剣が握られている。

 慎重に近づく。恐らくこれが二ヶ月前に行ったというクリス=オールディスだろう。

 そして、顔の近くに文字が彫ってあるのを見つけた。


「『誰にもこの事を言うな』……って」

「優しい人なのね。今なら地下が閉まってたのが分かるわ。この現実を上の人達に知らせたくなかったのよ」


 なるほどな。

 命懸けでここまで到達して、この現実を知ったクリス=オールディスは、この有様を見て絶望したんだろう。それは、どれだけやるせない気持ちだったのだろうか。

 そして、誰にも伝えないように。

 上の人達に少しだけの希望を与える為に、ひっそりとここで死んだんだろう。


 その白骨した骨には首にペンダントが付けられている。

 それは、俺たちが持っている物に似ている。

 似ているというかそっくりそのままにしか見えない。


「ん? 何か紙を持ってるわ」

「なんだ?」


 エイミーはその紙を見ると、口を押え涙を流し始めた。いったい何が書かれていたんだ?

 その紙を受け取った。そして、驚愕する。


 その紙にはこう書かれていた。


 ――ごめんなエイミー――と。


 そうか……。

 なんとなく分かっていたけど。

 やっぱり二ヶ月前に行ったクリス=オールディスは、俺の事なんだな。

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