n:周回チートの温泉巡り

紫骨 骸

第1話【異世界】

ただ広々とした原っぱに手を枕にして寝そべっていた。

少し高台になっていて普通なら太陽で目が潰れそうになる所だが、大きな木が影を作ってくれているのでそんな心配もせずにすんだ。

少し風が吹き大きな木の葉が揺れ、耐えきれなかった葉が自分に落ちてくる。それを掴もうと寝転んだまま手を上に上げるが、掴むことが出来ず手は空を舞う。

そんな幻想的な風景に目を細め笑う。


青い空は自分のことを見つめてくるような気がして。何かが上から降ってくるような気がした。

もちろん、青い空は一切自分のことを見てもいないし、きっと広大な広い範囲を見れる青い空は自分のことなど一切眼中に無いのだろう。

もちろん、上から何かが降ってくることなくただただ空を見上げていた。


考え事をして落ち着いてから、そしてこうなる前のことを思い出していく。


___「初めまして、そしてようこそ異世界へ。」


そんなことを言ったのは誰だっただろうか。

確かにここは異世界だ。えぇ、異世界だとも。

ここに連れてきたのはクラスメイトの一人だったはずだな。間違いない。

だったらその言葉を言ったのもそのクラスメイトか。名前知らないけど白身とかそんな名前だったような覚えがしなくもないような気がするような……?

クラスメイトなんて結局のところどうでも良かったので本当に覚えていない。


総勢四十名のうちのクラスだが、その中にいるえっと……誰だっけ?うーん、白身でいいや。白身が実は異世界人でいきなりクラス全員転送され、パニックに陥ってたんだよね。


勇者〜とか世界を救う〜とかあほらしい事言ってるから面倒だと思って全速力でダッシュして逃げました。えぇ。

逃げた理由はとても簡単で面倒だからです。だって嫌じゃないですか。面倒じゃないですか。現実か夢か知らんけど自分の好奇心で生きていたい人間だから、人に縛られて生きていくなんてごめんなんだよね。

勇者とか冒険の予感しかしないし、そもそもクラスメイトのことあまり知らないので知らない人といるのは普通に嫌です。


_____「待ちなさい!□□■■ー□!●●■○□ー!!」


はっきり言いましょう。

先ずなんて言ってんのかさっぱり分からなかった。

白身が何か日本語でも英語でもない言葉を喋ったかと思えば逃げている途中の自分の横に炎が通って行ったり、自分の目の前を岩が上から降ってきて邪魔をしたりしてきた。

多分魔法だろうなぁ……などと考えていた。多分逃げてる時はこんなこと考える余裕もなく一生懸命走ってたんだけど今だからこそこんなに悠長に考えられるのだ。


白身が何かを言うと魔法が発動される。しかし僕は何も持っていない。つまり絶対絶命!だが白身には基礎体力がないのか魔力が尽きたのか途中でバテた様なのでここまで走ってきた。

何回か日を跨いだのは分かったのだが止まれなかった。城を出て市場を駆け足、門を潜って岩の上を走る。

ひたすらに走っていく。水も飲まず、食料も食べず、休まず、ただひたすらにがむしゃらに走って走って走って走る。

やっと休憩したのがこの高台。

気を背もたれに目を瞑り、休憩する。

疲れは治ったが寝れはしなかった。むしろ睡眠欲が一切なかった。


というのがここで青い空を見ている今の状態の流れで、本当に何をしたらいいのかが一切分からず、困惑している僕である。


「もうこれからどうすればいいんだろうか。」

「迷っておるのか、王国の騎士よ。」


誰に言うまでもなく呟いたその言葉の答えが帰ってくるとは考えてもいなかったので思わず上半身を勢いよく上げる。

その声の主は自分が休んだ時に寄っかかっていた大木だ。


「木が話すとは……あなたは特別な木なのですか?」

「よくぞ聞いてくれた、王国の騎士よ。我はほかの木とは違う特別な木なのじゃ。」


言うならば脳内に直接響き渡るような声。言うならば「こいつ……脳内に直接!?」と言ったような感じだ。

僕には脳内会話が出来るくらいの能力は持っていないので試すまでもなく木に直接話しかける。

大木は動かないのにも関わらずえっへんとふんぞり返っているような気がした。


「我は木の精霊なのじゃ。木の精霊は言うまでもなく木とともに一生を過ごすのじゃが、どうやらこの木が問題でのぉ。」


眉が下がり困ったような表情に見えたような気がした。

感情をありのままに出しているようでおじいちゃん口調なのに何故か小さな子供を見ているような気分になり自然と口元が緩む。


「最近、元気が無くてな。我もその力を使い人間界へと足を下ろしているものであるから足を下ろせず困っているのじゃ。つまり君には我が地に足をつけるための手伝いを良ければして欲しいと思ってな。ダメか?」


大木は自分の無くなった足を見つめてしょんぼりとする。そしてこちらにうるうるとした目でお願いをしてくる。

目の前の木は幻影なのではないかと思い、触ってみるがただの木であった。


「そもそもその手伝いの内容が分からなかったらどうしようも出来ないんだけど。第一僕に出来るか分かんないし。できそうな事だったら手伝うよ。」


一泊開けてそんなことを言う。

大木が本当に精霊なのかは知らないが、協力しても別にいいだろう。

自分に危害は加わらなそうなので出来ることなら手伝うことにする。


「温泉巡りをして色々なところから御加護をもらい生命力を高めるのじゃっ!」

「え?」

「温泉巡りじゃっ!」

「はい?」

「あの、だから温泉巡り……なのじゃ。」


キラキラとした目で「温泉」などという大木。

冗談かと思って聞き返している間にだんだんテンションが落ちているのがすぐに分かった。


「……温泉?」

「や、やっぱり駄目ですよね!あの、ほんとごめんなさ____」


「温泉!?温泉って言ったよね!この世界に温泉が存在するの?本当に?え、是非是非探しに行こうではないか!もちろん協力するとも!温泉ほんと大好きなんだ!それに加えて温泉とか楽しみでしかないんだが!その温泉は存在するのかね?どこに!一体どこに!」


「えっ」


大木はいきなりテンションが上がった僕に驚いているが引いてはいないようだ。

この世界にも温泉が存在するんだー、と感動して涙を流す。


これから始まる温泉巡りにワクワクが止まらなかった。

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