第3話 腐食パンバイクと勇者

<ギャリ!ギャギャギャギャッ!>


 最近盗んだバイクの調子が悪い。どうやら荒野ではギヤに砂が噛んでしまうようだ。


 男はバイクを止めて、点検を始める。


 モコモコモコ…と頭の角食が触手を伸ばし、角で砂を吸着する。ひび割れた部品は角食を硬化して補強した。それを繰り返していく内に、バイクは完全に硬化した腐角食に成り果てた。

 ガソリンはパンを発酵して高純度のアルコールを精製した。永久機関バイクの誕生である。よってガソリンタンクにはいつも腐角食が詰め込まれていた。


「にゃー」


 ネコはいつも頭にいる。


 角食は強い。

 角食は万能だ。


 この世界に来る前、男は製パン工場で働いていた。

 来る日も来る日もラインから流れてくるパンをただじっと見つめ続け、不良品を廃棄する仕事。

 

 愛していた角食が憎悪の対象に変わるまで、さほど日にちは掛からなかった。


 心の中で角食への憎悪を燃やすと、男の顔は黒く酸化し始める。それに気付いた男は努めて冷静に理性を保つ。


「にゃー」


 腐食パンネコの鳴き声が男の心を落ち着かせていく。下方部が黒ずんだ腐角食がすぐに柔らかい腐角食へ戻る。


「にゃー(おまえの気持ちはわかる…角食に囚われたおまえの心…しかしおまえは最初角食を愛していたのではないか?)」


 男の脳内でネコの鳴き声が自分の不安定な心の言葉に変換されていく。


 違う!

 違うんだ!


 男が頭を振り払うと、突然腐角食パンバイクに羽が生え、フワリとバイクは宙に待った。


 きっと今は自由に空も飛べるはず。


 ギュインギュイン空を飛び回る男。気が済んだのか腐角食バイクは静かに地面に降り立った。


「そこまでだッ!!」


 男がふと前を見ると、巨大な剣を構えた若い剣士と小さな妖精が対峙していた。


「…腐食パンマン!今日こそ貴様の命日だ…!」

「ねぇねぇ、早く魔王を倒しに行かないとまずいよ」

「皆まで言うなポニュー!俺の感ではコイツが真の魔王なんだよッ!!」

「でも…」

「“でも”じゃない!魔王なんて二の次だ!いくぞ腐食パンマン!“ギャラクティカマグナムソード”!」

 若い剣士がそう叫ぶと巨大な剣は更に青白く光輝き、強大な雰囲気を纏った。

「でぇりゃあああああッ!!」

 有り余る膂力を乗せて閃光を纏った剣は一直線に男の首を狙う。

 途端、男はほんの少しだけ首を下に傾けた。


<もにゅん>

「くッ!!」


 渾身の力を込めた剣は腐角食の角にやんわりと食い込むと、腐角食はそのまま触手を伸ばして剣を取り込んだ。そのまま触手は若い剣士の腕に近付いてきた。


「ラズール!危ない!」

「大丈夫だポニュー!」


 ラズールと呼ばれた剣士はパッと剣から手を離し大袈裟に後ろに飛び退くと、ガクッと片膝を地面に着けた。


「神のジジイ…今回もダメだったじゃねェかッ!」

「ラズール!あれは魔王を倒す為に神様に貰った剣じゃんか!一体何本無くしたら気が済むのさッ!」

「うるせェ!テメェも天の使いを名乗るならマシな武器を寄越しやがれッ!」

「もー!また神様に怒られちゃうじゃん!早く魔王を倒しに行かないと!勇者しか魔王を倒せないんだよ!?」

「ダメだ!アイツを倒さねェと世界に平和は訪れねェ!」


 男はモグモグとギャラクティカマグナムソードを腐角食で咀嚼すると、また元の形に戻った。男の疲労感が幾分かスッと晴れる

 男にとって、この勇者の剣はオヤツに過ぎなかった。


「にゃー」

 腐食パンネコもご満悦だ。


<ブォン!>

 男は再び腐食パンバイクに火を入れると、勇者達に一瞥もくれずに走り去って行った。


「待ちやがれッ!」

 後ろから勇者の叫び声が聞こえた。


<ドゥルンドゥルン!>


 なんだかバイクもご機嫌な様子。


 『腐食パンマン』

 誰が呼んだか分からない。


 『腐食パンマン』

 盗んだバイクで走り出す。


 『腐食パンマン』

 小学生の時に100万パワーが1200万パワーになることに疑問を感じていた。


 サタンクロスが好きだった。


つづく 




  

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