episode.7 つるぺた魔王と対峙してもやはり習慣は変わらず

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 勇者一行は世界を回り、魔物を討伐する日々が続いた。

 世界と言っても、実際には此度の魔王の根城である森に隣接した三ヶ国が主だ。

 魔物がいるという噂を聞けばそちらに出向き、一匹残らず倒す。

 勘違いなきよう説明すると、魔物は魔王が作り出しているわけではない。倒せばその分数は減る。増えることはない。

 魔物を狩り、少しずつ力をつけ、順調にレベルアップをしてから魔王に挑む。

 それこそがテンプレというものだった。


 さて、レベルアップと言ったが、此度の勇者と魔術師はチートである。

 実のところ、魔王を倒すのにレベルアップが必要かと言われたら、そうでもなかったりした。

 が、テンプレは踏襲すべきものだからこそテンプレとされるのだ。

 魔王を倒したからといって魔物がすべて消えるわけではない。どっちみち魔物も殲滅しなければならない。

 そして、騎士団長には騎士団長の、聖女には聖女の役目もある。二人のレベルアップのためにも旅は必要なものだったのだ。


 そんな旅は、およそ一年にも渡った。

 その間、何度も命の危険があり、何度も心が折れそうになったこともある。

 と述べるとシリアスだが、内情は魔術師が唐突に消えたことによるパーティー壊滅の危機と、魔術師の勝手に対して勇者の心が折れそうになったという具合で、主たる原因は魔術師だったりするのだった。

 もちろん魔術師は一年の間、一日も欠かすことなく勇者姉の元へと通った。

 たとえ死闘を繰り広げている最中であろうとも。たとえ魔術師が抜けたら大変だとわかっている場面でも。

 時間に正確なことは、普通ならば長所なのだろうが、魔術師の場合はもう少し融通を利かせてくれとパーティーメンバーの誰もが思った。

 しかし魔術師の、勇者姉最優先の価値観はほんの少しも揺らぐことがなく、勇者のツッコミは毎回スルーされた。

 これでよくパーティーが崩壊しなかったものである。他の三人の理性が優れていたということか、魔術師以上の魔法の腕を持つ人間はいないためにあきらめが勝ったのか。

 どちらにせよ、それでも最後までツッコミを忘れずにいた勇者には敬意を表したい。


 そして現在、魔王城の城内である。

 展開が飛びすぎだと文句は言うなかれ。この物語はそもそも展開など飾りである。ふいんき(なぜか変換できない)で読んでいただきたいのである。

 魔王城の中はおどろおどろしい空気で包まれていた。

 カーテンや垂れ幕はすべて黒く、ビリビリに破れていたりする。隅にはクモの巣なんかも張っていて、とてもそれっぽい。清潔感がないと魔術師は眉をひそめていたが、清潔感あふれる魔王城など聞いたこともない。

 どこからか流れてくる辛気くさいBGMを聞きながら、勇者一行は奥へと進んでいく。

 途中、出てくる中ボスクラスの人型やドラゴン型の魔物も難なく倒す。

 勇者一行はこの一年で著しく成長していた。ちなみに勇者の身長はやっと160を越えたところだ。まだまだ成長期だから! とは勇者の言である。


 最奥まで行くと、一等大きく頑丈そうな扉が待ちかまえていた。

 どう見てもこの扉の先に魔王がいる、と一目でわかる扉だ。いなかったら詐欺である。誇大広告である。


「いよいよ、ですね……」

「ああ、ついに魔王との決戦だ」


 緊張した声で聖女がつぶやくと、勇者はうなずいた。

 その声には、強い敵と戦えることへの興奮がにじみ出ていた。

 別に勇者は戦闘狂というわけではない。ただ、勇者と互角に戦えるものが今までいなかったというだけで。

 魔王への畏怖の念などまったく感じていなさそうな勇者は、こんなときとても頼もしい。

 それに聖女の乙女心が反応するかどうかは、別の話なのだが。


「気は抜かないようにね、ユース」

「お前こそ」

「誰に向かって言ってるの」


 魔術師と勇者は軽口を叩き合う。

 普段と変わらない調子の二人に、騎士団長と聖女の肩の力が抜けた。


「いつもどおりのようで安心した。この四人なら心配はいらぬ」

「ええ。力を合わせて、がんばりましょう」


 これから最終決戦だとは思えないほど和やかなやりとり。

 それは、扉がひとりでに開き始めたことで、終わりを告げた。

 ギギギギギ……と重苦しい音を立てて扉はゆっくり開き、だんだんと扉の向こう側が見えてくる。

 だだっ広く、薄暗い室内。湿り気を帯びた風。BGMもなんだか強そうなものに切り替わる。


「にっくき勇者よ、これ以上おぬしらの好きにはさせぬぞ」


 部屋の奥にいたのは、まだ少女と呼んでいいほどの外見の、魔王だった。

 黒髪赤目、ツインテール。加えてヒラヒラのゴスロリ服。

 狙いすぎだろう、と勇者は心の中でツッコミを入れた。

 これでツンデレ属性が入っていれば完璧である。


「余が魔王じゃ。どうじゃ、恐れ入ったか」

「なんつーか……胸がざんね」


 ザクッ。

 最後まで言わせることなく、勇者の頭に魔王がフルスイングした大剣が命中した。

 勇者のHPが一瞬にして半分まで削られた。戦闘開始前だというのにだ。

 しかもクリティカルヒットである。なんと卑怯な。


「ゆ、ユースさまああああ!!」


 だらだらと頭から血を流す勇者に、聖女は力の限り叫んだ。

 なんだかんだでパーティーメンバーとしての絆は育まれていたようである。勇者の淡い恋心が報われる可能性もあるのかもしれない。よかったな勇者。

 けれど聖女、叫んでる暇があったらすぐに回復しよう。パーティーの回復役は君だ。


「胸のことを言うた者は生きては帰さぬ! 覚悟せよ!」


 怒りに我を失った魔王は、濃密な闇を発生させて勇者たちを取り囲んだ。すかさず魔術師が防御結界を張る。

 最初から全力全開だ。言うなれば進化型の敵が最初から最終形態を見せるようなものだろう。

 どうやら胸については触れてはいけなかったようである。

 貧乳はステータスだということをこの魔王は知らないらしい。

 しかし、貧乳であることを気にしている貧乳少女というのはとてもおいしいので、知らないままでいいのだろう。


「くっ、なんという禍々しい力……!」


 騎士団長は焦りの色を帯びた声をもらす。

 結界が闇に耐えきれず、ピシピシと音を立てているのが聞こえる。

 ここからどう攻めればいいというのか、勇者たちにはわからなかった。

 魔王は全力全開である。下手に突っ込めば即死亡フラグだ。

 そんな緊迫した空気を破ったのは、やはりというかなんというか、魔術師だった。


「あ、そろそろ夕食の時間だ」

「てめっ、こういうときくらい空気読めえええ!!!」


 本当にいつもどおりに、魔術師はのんびりとした様子でつぶやいた。

 勇者がいくら叫んだところで、魔術師は聞いていない。

 というか聞こえていない。引きとめるよりも先に彼はすでに転移していたから。

 残されたパーティーメンバーは、みな一様にポカーン、である。

 魔王も一緒に、ポカーン、である。

 いつのまにか室内を覆い尽くしていた闇は消えてしまっていた。


「……なんじゃ、怖じ気づいて逃げたのかえ?」


 魔術師の日課を知らない魔王は、不審そうな顔で尋ねる。

 ただ逃げたにしては何かがおかしいことには、さすがの魔王も気づいてはいた。


「夕食を作りに行ったのだろう」

「ゆーしょく……とは、なんの隠語じゃ?」

「そのままの意味だ」


 騎士団長の言葉少なな答えに、魔王は首をかしげることしかできない。

 なぜ、これから魔王と戦おうという場面で夕食を作りに行くのか、魔王との戦いよりも重要な夕食とはなんなのか。

 とてもじゃないが理解が追いつかなかったのだ。


「……悪ぃな、魔王。いつものことなんだ」


 勇者はため息混じりに、パーティー代表として、魔術師の友人として、魔王に謝った。

 そろそろ夕食時であることは、勇者だって気づいてはいた。

 けれどまさか、魔王の前でまで勇者姉の食事のほうを優先するとは思ってもいなかったのだ。

 勇者もまだまだ考えが甘かったようである。魔術師の勇者姉への愛の深さを甘く見ていたと言うべきかもしれない。


 今ごろ魔術師は勇者姉のリクエストを聞いて、夕食の支度をしているのだろう。

 そう考えると、どうしても脱力してしまいそうになる。

 が、ここは魔王城で、魔王の部屋。

 パーティーメンバーが一人欠けていようとも、戦いは待ったなしだ。


「行くぜ、魔王」

「……来い、勇者よ」


 こうして、微妙な空気のまま、最終決戦は幕を開けたのである。

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