episode.6 心配性なチート魔術師を持つと苦労する
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トーカイ街というところで、二手に分かれて情報収集をしていたとき。
「アーネリアが針で指を三ミリ刺した!」
唐突に、魔術師が大声を上げた。
「なんでそんな細かいことがわかるんだよ! つーかかすり傷じゃねぇか!」
どこから突っ込めばいいのかわからねぇ、と思いつつも勇者はとりあえずツッコミを入れる。
彼に突っ込まないという選択肢は用意されていない。なぜならツッコミ属性だからだ。
「助けに行かなきゃ」
「いや待てお前、よく考えろ。三ミリだぞ三ミリ」
「三ミリでもきっと痛い思いをしているよ」
転移魔法を展開しようとした魔術師を止めると、むっとした顔を向けられた。
自分は正しいことを言っているはずなのに、理不尽だ、と勇者のほうこそむっとしたくなる。
そりゃあ刺した瞬間は多少痛いだろうが、所詮三ミリだ。
血だって出ているかどうか怪しいくらいの怪我。むしろ怪我と呼んでいいのかすら迷う。
その程度でいちいちいなくなってしまわれたら、勇者パーティー崩壊の危機である。今でも若干微妙なところではあったが。
「持続回復魔法っつうのをかけてるんだろ? もう治ってんだろ」
誘拐事件の際に知った衝撃の事実を勇者は口にする。
三ミリ程度の刺し傷なら、痛みを覚えた次の瞬間には治っていそうである。
ちなみに、針が結界に阻まれなかったのは、おそらく処理速度が間に合わなかったからだ。
魔術師オリジナルの結界魔法は万能ではないようで、結界が展開されるまでに若干の時間ロスがあるらしい。
この前の誘拐事件のあと、勇者は姉に結界やら持続回復やらのことを暴露した。それが姉のためだと思ったから。
その詳細を知りたがった勇者姉に、魔術師は仕方なくかけた魔法の仕様を説明していた。
大きな怪我の元になるようなものには対処できるが、今回のような小さな怪我は一瞬の出来事なので、結界の展開が間に合わないのだという。
大怪我を防げるなら充分だと勇者は思ったし、勇者姉もそう言っていた。
すごいのねぇと勇者姉は感心していたため、もっと他に言うべきことがあるのではないかと勇者はツッコミを入れたが、もちろん彼女は何もわかっていなさそうだった。
今さらかもしれないが、姉は魔術師に対して無防備すぎるところがあるような気がする。魔術師の奇行もすべて、そんなものかと流してしまうのだ。変人同士、共感できるものでもあるのだろうか。
「馬鹿だなユースは。心の傷は回復魔法じゃ癒せないじゃないか」
「心の傷!? 針で指刺したくらいで心の傷!? しかも三ミリだぞ!? 俺が馬鹿にされるのおかしくねぇ!?」
馬鹿と言われたことに腹を立て、それ以上に魔術師のオーバーな表現にたまらず勇者は突っ込む。
子どものころの勇者姉はお転婆で、普段はインドア派のくせにたまに外に出るとすぐに傷を作って帰ってきていた。
勇者も魔術師もそれをハラハラしながら見ていたものだ。魔術師が勇者姉に強力な魔法をかけた理由も少しだけわかってしまう。
針で指を刺した程度で心の傷になっているなら、今ごろ勇者姉の心はミンチ状になっているだろう。
「なんでユースは三ミリにこだわるのかな」
「お前が最初に言ったからだろ!!」
心底不可解そうな顔をする魔術師に、勇者はもうこいつの幼なじみやめてぇ! と半ば本気で思った。
三ミリと正確な数字を出されたら、どうしたって気になるものである。
え、その程度? と誰もが拍子抜けするだろう。
周囲からは、大丈夫? と一応は声をかけてもらえるものの、本気で心配してくれる者はほとんどいないようなかすり傷だ。
間違っても、転移魔法を使ってまで今すぐ助けに行く必要があるような怪我ではないはずだ。
「姉ちゃんは裁縫はランクSSだけど、ドジだから指刺すのくらい今までも普通にあっただろ。お前、最近過保護度が増しすぎ」
はぁ、とため息をついて、勇者は苦言を呈する。
勇者姉への魔法も、町の結界も家の結界も、広範囲殲滅も今も続けているようだ。盤石の構えである。
魔術師が勇者姉に対して過保護なのは今に始まったことではないが、最近はそれに拍車がかかった。
その理由にはもちろん勇者も気づいている。この前の誘拐事件のせいだ。
結果的に何も損なわれることなく無事に救出できたとはいえ、肝を冷やしたのは勇者も同じこと。魔術師が過保護を通り越して過干渉になるのも理解できなくはない。
だが、魔術師は今は勇者のパーティーメンバーの一人で、魔王討伐という重大な役目を背負っている。
今回のように、どうでもいいようなことで心を乱すようでは困るのだ。
何を言っても聞かないのはわかっているから、一日三回料理やその他の家事をするために姿を消すのはすでにあきらめている。一応、それ以外の時間は真面目に魔物と戦ってくれていたから。
つまり、一日三回までは見逃すから、あとは魔王討伐の旅に集中しろと、勇者は言いたいのだった。
「傍にいられないのがこんなにつらいとは思わなかった……。町にいたころはすぐに涙をぬぐってあげられたのに」
「一日三回顔見てるくせに大げさだろ! 姉ちゃんタフだから指刺したくらいじゃ泣かねぇよ!」
悲痛な表情と声、言っていることはシリアスだが、内情を知っている勇者にとってはギャグでしかない。
勇者姉が泣くのは、腹をすかせたときと眠いときだ。本能に忠実である。
それ以外で泣いたところを、少なくとも勇者は見たことがなかった。
今回の場合は、むしろ怪我をしたことに気づいたかどうかすら怪しい。
勇者姉は、仕事に集中しているときは他には何も見えないし聞こえない人間だ。
彼女が針をほんの少し刺した程度の痛みに意識を向ける可能性は低い。
「アーネリア……」
「人の話を聞けええええ!!!」
空を見上げて物憂げに勇者姉の名をつぶやく魔術師に、ついに勇者の堪忍袋の緒が切れた。
勇者の叫びは、トーカイ街中に響き渡ったのだった。
けれど、勇者は知らない。
誘拐事件後、勇者姉宅と勇者姉自身にかけられた結界が、より強力なものにグレードアップしていることを。
そのせいで、郵便屋さんや宅配屋さんは扉の前まで行けず、勇者姉が出てくるまで外から声をかけ続けなければならなくなった。
勇者姉の様子を見ようと町民が窓から覗こうとしても、ガラス窓の中はまったく見えなくなっていた。
あの黒狼以来、そんなつわものはいないが、もし万が一勇者姉をどうにかしようとしたならば、激しい電撃に見舞われたあげく、全身が麻痺して一時間は指一本動かせなくなる。
そしてその魔法は、勇者姉にある特定の意味での好意を持つ異性に対しても、なぜだか発動するのであった。
魔術師が、あふれる才能を間違った方向に使っていることを、勇者は知らないのであった。
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