海と約束 中編

いつも浴びている潮風が、やけに冷たく感じた。


いつも見ている大海が、やけに暗く見えた。


俺はいつもみたいに、海が見える崖に来ていた。ただ、一ついつもと違うのは、俺の両手首と両足首は縛られ、誰かがぽんと背中を押したなら、俺の五体は海中へと消える状況になっているということだ。


結局、何も起きなかった。こんな言い方をする、ってことは、僕は怖くないなんて言っておきながら、何かどんでん返しが起こることを期待していたのかな。


予定通りに、俺は生贄として、今日を迎えた。

生贄を捧げる今日は、何も盛大なパレードじゃない。俺は人知れず、たった二人の監視の中、海へと還る。怖さがないわけじゃない。不安がないわけじゃない。でも、俺がここで生き残れば、昔あったみたいに、もっと多くの人が死ぬかもしれない。その中には、エミもいるかもしれない。そうだよな、他ならず、エミがいる。ならば、俺は迷わずに、この命を捧げよう。


・・・心残りがあるとすれば。

エミ、お前に俺の想いを伝えられなかったことか。

まったく、死ぬって分かっていても告白できないなんてな・・・。

本当に、つまらない奴だよ、俺は。

好きだった、本当に好きだった。

たまらなく、どうしようもなく。


「・・・おっと」


いけないな。恰好がつかない。死ぬ間際で見せる涙なんて。

このままじゃ、踏ん切りがつかなくなりそうだ。そう思った俺は、気がぶれない内に、ゆっくりと重心を前へと傾けた。


「待って!」


びくっ、と体が止まる。

俺は反射的に後ろを振り向く。


「・・・エミ・・・」


「おい、ここは関係者以外・・・」


見張りが注意を勧告する前に、二人とも頭から血を流してどさっと倒れる。どこで見つけて来たのか、また、何でそんなに上手く扱えるのか、それはわからないが、エミは一瞬で見張り二人を撃ち殺した。


「・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・」


エミはすでに、泣きじゃくっていた。そして悔しそうに、苦しそうに、唇を噛む。僕はすぐに分かった。エミは、僕を助けに来てくれたんじゃない。ただ━。


僕との約束を、守りに来てくれただけなんだ、と。


「・・・っ!!」


その時、俺の頭の中で、何かが弾けた。

そして、明瞭に、鮮明に、記憶が蘇ってくる。


ああ、そうだったな。


俺が、頼んだんだったな。


悪いな、エミ。無理をさせて。


「・・・ありがとな、エミ」


俺は笑った。嬉しかった。最後の逆転劇。

恐らくは、生贄供養が始まってから初の、海への反旗。


「うぁぁぁぁぁぁああああああ!!」


銃口は俺の方に向いていた。エミは泣き、喚き、叫んだ。

痛みは無かった。俺の体はゆっくりと、背中から海の方へと傾いて行く。

エミの姿が徐々に視界から消え、空が広がっていく。

・・・ああ、エミ。


お前に殺されることの、何と感慨深いことか。

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