第4話 新生魔王のママ試験



「お、お前たち、落ち着くのだ! さ、三者三様の乳※が密着してくるのは非常に心地よいが、そんなに詰め寄ってくるでない! 落ち着いて、よく聞くのだぞ!?」


 すごい剣幕でこちらを取り囲むアルテミス、グルヴェイグ、ペルヒタの三人に、俺は次の内容を言い聞かせた。



・この赤ん坊の名はネーメ。俺たちと共存すべき人間族である。年齢は一歳九ヶ月。

・決して、断じて俺の娘ではない!

・ネーメは工房の正門に捨てられていた。

・ともかくネーメの親を探し出し、事情を聞かなければ。

・常識で考えよ。性なる結合儀式は、あくまで結婚してから執行すべきである。

・俺は童貞だ。



 ――以上である。


 アルテミスたちの反響が最も大きかったのは、言うまでもなく最後の項目だ。


 とはいえ、彼女らが存外スムーズに事態を受け止めてくれたのは不幸中の幸いである。

 やはり、毎日のように繰り広げてきた男女の性戦が、信頼感を育んでいったのだ。


 俺は横目でネーメを見た。


「ばぶ~♪」


 青い髪の小さな命は、スピカに大人しく抱かれている。

 あれだけアルテミスたちが騒いでいたというのに、泣き出す気配はない。

 大人しいのか、神経が太いのか……。


 そのとき、パッと手が挙がった。


「む。どうしたのだ?」


 挙手したのは、肉感的なボディと麗しい銀髪ロングがトレードマークの元女神、アルテミスである。

 手を挙げた勢いで、豊満すぎるバストがぶるんっと揺れるのを、俺は見逃さなかった。


「あのぅ……ジュノ様。この子の親御様を探して、それでも見つからなかった場合はどうするのですか?」

「……ふむ」


 確かに……。そうなってしまう可能性も充分考えられる。

 なにせ、手がかりが少なすぎるのだから。


「そうなれば、マカイノ村で育てるしかあるまい。魔族と人間族は、共存していかなければならないのだ。俺はそう思っている」

「あぁんジュノ様、なんてお優しい……!」


 アルテミスに応えると、彼女はホッとしたように頬をゆるめた。

 グルヴェイグとペルヒタ、スピカも同様の反応である。


 いや、待てよ?

 そもそも親探しをしている間は、俺たちがネーメの世話をしなければならないのだ。親が見つからなかった場合のことはもちろんだが、その前に、今日を乗り切る手段を考えるべきだろう。


 それを説明した上で、


「この中で、赤ん坊の世話をした経験のある者は?」


 俺は女性陣を順に見やった。


「わ、わたくしは……女神王ヴィーナス様のお世話なら……」


 アルテミスが気まずそうに目をそらす。

 その動きだけで、たわわな膨らみがたわわんっと弾む。


「うぐっ……。恥ずかしながら、赤子の世話は、そのぅ……。で、ですが、民の調教でしたらお任せください!」


 自称新妻のグルヴェイグが、鼻息荒くまくし立てる。

 つややかな黒髪に四角いメガネ。

 黙っていれば知的な美人なのだが……。


「わたし……お世話される側だったから……」


 ゴスロリドレスのチビッ子――ペルヒタは、当然のように言ってのける。

 南海の楽園・ペルヒタ教国で崇められている彼女は、今までさんざん民に甘やかされてきたのだろう。


「私……赤ちゃんを抱くのって、ネーメが初めてなの。後頭部を支えるのは、知識として知ってただけで……」


 残るスピカも不安そうだ。


 俺は腕を組む。


「困ったな……。これから各所で聞き込みをするとなると、ネーメ本人を連れて行かねばならなくなるわけだが……」


 ――しかし。

 そのとき、我が邪悪なる脳裏に漆黒の稲妻が閃いた。

 俺は女性陣の美貌を見つめ、


「経験がないなら、経験を積めばよいのだ!」


 声を張り、高らかに言ってのける。


「これよりネーメを順に抱いてゆくのだ。場数をこなせば、必ずや満足のいく世話ができるようになるだろう。ママ試験の開催である!!」


 勢いよくマントを翻しての宣言だ。

 我ながら当たり前のことを言っているだけのような気もするが、それはともかく。


「あぁん! ジュノ様のおっしゃる通りです!」

「はぁ、はあ……新妻として躍進できる機会が来ました……!」


 恍惚の表情を浮かべるアルテミスとグルヴェイグ。


「赤ちゃんのお世話……ちょっと、興味あるかも……」

「そ、そうね。練習するに越したことはないわ」


 ペルヒタとスピカも、前向きな反応を示している。

 ならば、この機を逃す手はない……!


「では、まずはアルテミスから抱いてみよ」


 スピカに視線で促す。

 すると彼女は、今まで抱いていたネーメをアルテミスへと渡した。ごく慎重な手つきで。

「あぁぁ~……。こ、これが、赤ちゃん……!」


 ネーメを抱いたアルテミスが、熱い吐息をこぼす。

 大きなタレ目で赤ん坊を見下ろす元女神。その表情は、いつになく柔らかかった。

 じんわり潤んだ瞳。

 ほんのり上がった口角。


「なんと……。これが母の微笑というやつか……!」


 その穏やかな光景に、俺は思わずうなってしまった。


「い、意外と様になってるわね……」

「くぅっ……新妻の私を差し置いて!」

「あんな顔のアルテミス、初めて見るかも……」


 スピカ、グルヴェイグ、ペルヒタも、俺と同意見のようだ。


「ばぶぅ~♪」


 当のネーメも幸せそうな笑顔である。

 言葉はままならないようだが、アルテミスに向かって親愛の情を示しているように見えた。


「だぁ~♪」


 やはり、乳※か?

 アルテミスが誇る絶世の※※が、ネーメに果てなき安心感を与えているのかもしれない。

 

 ……気持ちはわかる。あのふわふわの双丘に包まれると、俺とて深い安らぎに包まれるのだ。

 そして股間の利かん坊を挟まれ、しごかれれば、圧倒的な快楽が押し寄せてくることは言うまでもない。

 どんなに我慢していても、ついつい「はぁぁ……っ!」と悦楽の声が洩れ、従順な気持ちになってしまうのである。

 包んでよし。挟んでよし。しごいてよし。

 アルテミスの柔らかな山脈は、まさしく魔界の至宝といえよう。


 と、そのとき。


「あらぁ?」


 絶賛母性発揮中のアルテミスが、首をかしげた。


「む。どうしたのだ?」

「ジュノ様。この子、一歳九ヶ月なのですよね?」

「うむ。審理の魔眼によればな」

「だとすると……あらあら……」


 アルテミスは不安げな顔になってしまった。

 ネーメが「なぁ~♪」と口にする中、大きなタレ目に悲しみの念を湛えている。


「どうしたのだ? 一歳九ヶ月だと、何か不都合があるのか?」

「はい……。その年齢なら、もう言葉を口にしてもおかしくないのですが……」

「そ、そうなのか……」


 と、俺が口にした直後だった。


「ばぶぅ!?」


 ふいに、ネーメがビクッと肩を震わせた。……ような気がした。

 俺とアルテミスが顔をのぞき込むと、


「…………」


 ネーメは首を傾け、目を合わせてくれなくなってしまった。

 頬が引きつり、据わっていない首筋に冷や汗が浮いている気もするが……。


「……。つまり、言葉が出るのが遅いというわけか」

「……。そ、そうですね。まあ、個人差がありますから……」

「というかアルテミスよ。お前……詳しいのだな?」

「はいっ。わたくし、いつお世継ぎを身ごもってもいいように、知識だけはつけておりますので! ジュノ様への愛に生きると決意したあの日から、それはそれは猛勉強しています!」

「な、なるほどな」


 それはさておき……。


「ふむ。しかし、ネーメはどうしたのだ。急に黙ってしまったぞ?」

「ネーメ様? ネーメ様?」


 俺たちが右からのぞき込むと、ネーメは左へ顔を向ける。

 俺たちが左からのぞき込むと、ネーメは右へ顔を向ける。


 そんな動きを繰り返した結果――。


「ぱ、ぱぁぱ♪ まぁま♪」


 ネーメが言葉を話し始めた!!

 無垢な笑みを浮かべているようにも見えるが、やはり首筋には冷や汗が。


「……これまた唐突だな」

「え、ええ……。『しゃべりましたぁ!』と喜びたい気持ちもありますが、さすがのわたくしでも、これはちょっと不自然に思います……」


『むむむ……』


 アルテミスと声を合わせ、ネーメの顔をじっくりとのぞき込む。

 すると。


「うぅぅっ! うわあぁああぁああぁぁん!!」


 なんたることだ。ネーメが泣き出してしまった!


「あぁもう、なにやってるのよ!」


 真っ先に飛び出してきたのはスピカである。

 アルテミスからネーメを取り返し、ゆっくりと、優しく揺らし始めた。


「よしよし、よ~しよし♪」


 スピカが甘い声音で、ネーメをあやす。

 その効果は抜群だ。


「んんっ~……」


 今の今まで泣いていたネーメが、安らかな寝息を立て始めたのである。

 この光景に拍手を送るのは、グルヴェイグとペルヒタだ。


「ス、スピカさん。その手腕……悔しいですが、賞賛せざるを得ません!」

「アルテミスのおっぱいが大きすぎて、怯えたに違いない……。スピカも大きいけど、たぶんそこがギリギリのライン……」


 彼女たちの言い分はともかく、俺はスピカに見惚れていた。


「~♪ ~♪」


 ほのかな鼻歌を交え、ネーメを抱いた金髪の元王女。

 しっとり濡れた瞳には、小さな命を守らんとする意志が感じられる。

 あふれんばかりの優しさに、その奥に感じる確固たる強さに、俺は衝撃すら受けてしまった。


「い、意外な才能だな」

「うぅぅ……。スピカ様、手強いです……!」

「しかし、さきほどのアレは……」

「どうなのでしょう。なんとも判断が……」


 俺とアルテミスが小さな疑念を抱える中、ネーメの抱っこ係は満場一致でスピカに決定したのだった。



 ちなみに。

 ネーメが目を覚ましてから、一応グルヴェイグとペルヒタもママ試験を受けてみたのだが……。


「よ、よしよし。よし、よし……。お、大人しくしなさい。私はダンナ様の新妻なのですから、私を慕い、私に母としての信頼を……」

「びええええええぇぇぇ!!」


 グルヴェイグは一瞬で轟沈。


 残るペルヒタは、『母として赤ん坊を抱きかかえる姿が、やや犯罪的である』という理由で失格になったのだった。


 本人曰く、『やっぱりわたしは、お世話される方がいいなぁ~……』とのことだったので、この決定はまあ……妥当なのだろう。


 小さなペルヒタが、もっと小さなネーメをあやす。

 そんな光景に、我が邪悪なる心がほのぼのしたのは、言うまでもない事実だが。

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