おまけ サプライズと前祝い

 2月に入って最初の土曜日。亜紀は心弾ませながら自転車のペダルを踏みしめた。


 亜紀が美春と出会ったのは、1か月前だ。まさか20代半ばになって女子中学生の友達ができるとは思わなかったが、偶然の出会いが3度続き、亜紀も美春も同じ人物の恋を応援していたと分かって意気投合した。


 今日はその恋が実ったお祝いと、二人を祝福するサプライズパーティーの相談を兼ねて竹中家に招かれている。一時は完全に終わってしまったと思われた恋が、苦難の末に何とか実を結んだわけで、当事者ではない亜紀も美春も、大騒ぎして祝杯をあげたい気分だった。


 それにしても、こんなに近くに住んでたなんてね。普段通る道ではないが、美春と出会ったファミレスを起点にざっくり教わった行き方で、目的地の竹中家にはあっさり到着した。


 表札を確認し、言われた通りガレージの隅に自転車を停めた。呼び鈴をおしてしばし待つ。中からドアが開いた。開けてくれたのは――。

「え?」

 超人? なぜここに? 今日は、当事者の彼は呼ばれていないはずだから、驚いた。

 のもあるが、超人の雰囲気があまりに国生研にいる時と違っているのに驚いた。さらに言うなら、超人が着ているシャツの柄に驚いた。ピンク地にケーキ柄って(どこで買うんだろ)。もちろん似合ってますけども。髪も切って色が明るくなっている。

 オフだとここまで雰囲気変わるの? キラキラが増してる気がする。まさか、恋が実ったからイメチェンした?

 亜紀が混乱していると、超人が満面の笑顔を向けてきた。

「清水さん、こんにちは。いらっしゃい」

「こ、こんにちは」

「どうしました?」

「すいません、あんまり雰囲気違うから、ちょっとびっくりしちゃって」

 超人はははは、と笑うと、亜紀を室内に誘った。

「美春、すぐ戻りますんで」

 お茶でも飲みながら待ちましょう、と行きかけて足を止める。

「清水さん」

「はい」

「美春から聞きました。いろいろと、ご心配してくださったみたいで。本当にありがとうございました」

「いえ」

 変だな。美春ちゃん“亜紀さんのことは、最後まで内緒にして二人をびっくりさせましょうね”って言ってくれてたのに。ま、いっか。

「いえ、わたしはうまくいけ~って念を送ってただけですから」

 想いが通じて良かったですね、と亜紀が言うと、再び極上の微笑みが返ってきた。

 それにしても、すごいイメチェン。別人みたい。

 そう思った瞬間、玄関のドアが勢いよく開いた。

「ただいま!」

 あ、美春ちゃんの声だ。美春は室内に入って来るや、亜紀にいらっしゃいと頭を下げた。

「ごめんなさい、あっちこっち工事だらけで、回り道させられちゃって」

「気にしないで。大変だったね」

 続いて、恵子と健太も入ってきた。買い物袋をたくさん抱えている。三人で買い出しに行ってくれていたらしい。二人は亜紀に丁寧な挨拶をすると別室(台所?)に入っていった。美春も母と兄に続きながら、買い物袋を掲げた。

「頼まれてたアイス」

 超人に向かって言う。

「渋滞で溶けちゃうかと思ったよ。間に合って良かった」

「おう、お疲れさん」

 あれ? 声が少し高くなった?

「でもお父さんが食べたがってた味はなかったよ、売り切れだって」

「売り切れ? 発売したの昨日だぞ」

 なんですと!(竹中家がらみでこれを発するのは3回目だ)

「お父さん!?」

 亜紀が大きな声を出したので、美春が飛び上がった。

「わ、びっくりしたあ」

「ごめん、でもお父さんって?」

 亜紀の言葉で、美春はすぐに何か気づいたらしい。

「まったくもう」

 咎めるように超人をにらむ。それから申し訳なさそうに、亜紀に言った。

「お父さんよくやるんですよ。けん兄のものまね」

「ものまね?」

 ってレベルじゃないよね。だって顔、同じだよ?

「申し遅れました。美春の父でーす」

 楽しそうに言う。超人レベルの風貌をした人が、彼以外にもいるなんてびっくりだ。

 それにしても、年齢不詳にもほどがあるよ! と心で突っ込んだ後、恵子のことを思い出した。なるほど、ご夫婦で時を止めてるわけですね。

「いやあ、思ってたより引っ張れたな」

「引っ張れたな、じゃないよ。初対面の人にそういうことやっちゃだめっていつも言ってるじゃん」

「でも、おれ、あいつの名前はかたってないぞ」

 確かに。竹中氏は一言も自分のことを金魚博士とは言っていない。“ご心配してくださったみたいで”の前に“甥の健司を”を付けなかっただけだ。

「同じだよ。勘違いしてるの分かってて黙ってたんでしょ」

 竹中氏がうん、とうなずいた後、亜紀に向き直った。

「ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げられた。いたずらを叱られた男の子みたいだ。美春がそれを見て安心したような顔をして出て行くのが見えた。

「いえ。わたしもシャツを見た時点で、健司さんじゃないって気づくべきでした」

「ははは、“1億やると言われてもその柄は着ない”ってあいつ言ってたよ」

 セリフの間だけ、超人が乗り移った。

「“たか兄みたいに着こなせない”って素直に認めりゃいいのに」

 この人は基本がポジティブみたい。顔は同じだけど、性格はずいぶん違うようだ。

「亜紀ちゃん、でいい?」

「はい」

 構わないけど、嫌でもそうとは絶対言えない雰囲気だ。

「おれのことはたか兄で。よろしく」

「え」

「おれの年下の友達はみんなそう呼んでくれてる。貴美ちゃんも」

「そうですか。分かりました」

 でも、さすがに彼女は“さん”を付けてるよね。

 貴美子の話で思い出した。

「貴美子さんは間違えませんでした? 竹、たか兄さんに最初に会った時」

「間違えなかったよ。まあ、あの時は非常事態だったってのと、おれもあいつのフリしてなかったしな」

 少しほっとした。 

「だからさ、本気でまねしたら、どうなるかなーって」

 また、いたずら小僧のような顔をして言う。

「やるんですか?」

「どう? 賭けてみる?」

 うーん、面白そうだけど、まちさん怒らないかな……。

「絶対騙せない、に10万円!」

 高らかな宣言は美春の声だ。山盛りシュークリームを載せたトレーを持って立っている。

「10万? ずいぶん張り込むな」

「うん。だってお母さんはすぐ見破るでしょ。それと同じだよ」

 美春は、ローテーブルにトレーを置くと両手を広げて上空を仰いだ。

「彼女には、愛の力があるのですから!」

「愛はあっても、恵子とはキャリアが違うだろうよ」

「お父さんはこう言いたいわけですね。今までけん兄とほとんど顔を合わせてなかった彼女なら、騙せるかもと!」

 美春ちゃん、なぜに法廷ドラマ風味?

「わたしは、彼女の愛を信じます」

「よし、その10万もらった。本気出すからな」

「そこまで」

 ストップをかけたのは、コーヒーのいい香りとともに現れた健太だった。

「ったく。賭けなんか、成立しねえって」

 亜紀の前に置いてくれたものとは違い、父親に差し出したカップには、コーヒーがほんの少ししか入っていない。

「なんでだよ」

「そんな彼女を試すようなこと、けん兄が許すわけねえじゃん」

「んなもん黙ってやるに決まってんだろうが。“健司さん、髪切ったんですね”って貴美ちゃんに言わせたらおれの勝ち!」

 すでに勝ったかのような笑顔だ。

「こうも言うだろうな。“前より断然かっこいいですよ”」

「親父はそれで、いいわけ?」

 このシーンだけ見ると、息子さんの方がすごく大人っぽく見える。

「間違っちゃった貴美子さんと、親父を自分と間違えられたけん兄と、そのあと二人が気まずくなるかも、とか考えねえの?」

「大丈夫よ」

 優しい声が挟み込まれた。恵子はミルクと砂糖をテーブルに置きながら言った。

「“たか兄さん、何やってるんですか?”それとも“ものまねお上手ですねえ”かな。貴美子さんはきっとそんな風に言うから」

「お母さん、わたし以上に強気だねえ」

 美春がしみじみと言った。恵子が微笑む。

「貴美子さんが見破ったら、健司君感激するでしょうね。孝志だって、それ分かっててやるつもりなのよ」

「え、そうなの?」

 兄妹揃って、父に目を向ける。超人のそっくりさんは、知らぬ顔でシュークリームを頬張りながら、目の前のカップに少量のコーヒーが埋まりそうなほどの砂糖を流し込んでいた。続いてミルクもどっさり。シャツも含めて超甘党なんだね。

「じゃ、そろそろ」

 孝志がカップを取り上げた。あ、ほんとにそれ飲むんだ。狙ってるわけじゃないんですね。

「サプライズの相談すっか」 

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Dragon-Jack Co. 金魚博士の恋(裏Ver.) 千葉 琉 @kingyohakase

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