序章(四)
荻原常陸介亡き今、武田の柱石として内外にその名を轟かせているとの自負が、老将板垣駿河守信方にはあった。四隣を見渡せば、守護代や家老、陪臣が主家を打ち倒し自ら国主として起つという風景が珍しいものではなくなっていた。
「いずれ自分も」
この老臣がそう考えたとしても責めることは出来ないし、ごく自然なものの考え方であった。
甲斐一国の支配を盤石にせんと策する信虎が、家臣団の城下集住を強制したために、それを嫌って出奔したり不満を表明して追放された譜代衆は少なくなかった。面に出さなくても、家臣団の間に不満が渦巻いていることを、機微に通じた老臣は看破していた。幸いにして、嫡男晴信は近年堕落し、阿呆の名を
忠臣のふりをして、板垣駿河守信方が晴信に家督
「すべて板垣に任せる」
と言うだけで、細かく口を差し挟むことがなかった。やがて自分に取って代わられる運命にあるとも知らず、鷹揚なものだ、と老臣は内心ほくそ笑んだ。
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