第14話「忍び寄る、何か」
夜の9時を前に、
駆け込みで酒を求める客は、毎日数人はこの時間帯に訪れるのだ。
「うおーい! マサくーん、こっち来て飲もーよぉ……おねーちゃんの相手、してよぉ」
自宅からは姉の
あっちは
しかも、一人で勝手に盛り上がった末にである。
「だから姉貴、俺は飲めないって」
「じゃー、お
「姉貴、
「お酌してー! お姫様扱いしてぇー! ついでに一緒に飲んじゃってよぉー!」
「酒を売ってる人間が、お酒の法律破っちゃ
その時、店の扉が開いた。
少し
「いらっしゃいませ」
レジの前に戻って、正重はふと奇妙な違和感を感じた。
四十代前半くらいのスーツの男は、商社マンだろうか? 気味が悪いくらいに服装が整っている。
その背後には、
恋人同士には見えないし、仕事の同僚だろう。
キョロキョロと周囲を見渡す女性は、どこか
「わあ、感じいいですね……下町の酒屋さんって感じで」
「……店内、清潔感を感じますが、完璧に清潔とは言い
「あの、部長?」
「
女性を野原と呼んだ男は、やはり上司のようだ。
一見して温和な紳士に見えるのに、その細められた瞳から
変な寒々しさが背筋を這い上がる。
「ふむ、接客に問題はないですが、高レベルとは言えません。32点」
正直、ムッとした。
だが、客は客だ。
「部長ぉ! ビールでいいですかあ? あ、凄い。外国のも少しある。へえ、ベルギーのビールだ」
「野原君、無駄口が多いですよ。ふむ……間取りはこのままでいいとして」
「おお!
本当に奇妙な客だった。
そして、その違和感の正体に正重は気付いた。
気付いたというよりは、
この二人は、客であって客じゃない。
少なくとも、部長と呼ばれている男は買い物をするつもりはないらしい。
しかも、かなり
「そろそろいいですか? 野原君」
「あ、はーい!」
「因みにそれ、経費で落ちませんから。……おや?」
「あっ、部長はビール、お嫌いでしたかあ?」
「ほう、ペールエールですか。なかなか……しかし、冷え過ぎていますね。27点」
「なんか、デザインがかわいいので買っちゃいました!」
両手いっぱいにお酒とお菓子を抱えて、野原君と呼ばれている女性がレジにやってくる。
ペールエールというのは、平たく言えばビールの
言われるまでもなく、本当なら冷蔵庫を分けたい。
だが、そんなことは口には出さず、
「あっ、こ、これも! これもお願いします!」
野原君とやらは、レジの横に積まれた一口サイズのチョコレートも追加してきた。本当に甘いもので酒を飲むらしい。
その間ずっと、例の男は店内を歩いていた。
時間をかけてゆっくり、彼は一巡して全ての
「お会計、1,864円になります」
「あ、はいっ! えっと……あれ? 千円札が……あ、そっか。ごめんなさい、クレカって使えますかあ?」
「あー、ごめんなさい。クレジットカードの決済、導入してないんですよ。すみません」
いつでもニコニコ現金払い、それがリカーショップトノサキだ。クレジットカードが使えれば便利だし、便利に越したことはない。だが、導入するコストに二の足を踏んでしまう。そして、この店の顧客層はカードで買い物をする人間が
そうこうしていると、例の男が「……11点」と呟きながらやってくる。
彼はスーツの内ポケットから、黒光りする財布を取り出した。
千円札を2枚と、14円の小銭を出す。
一瞬
「ありがとうございます、150円のお返しになります」
「ふむ……ま、いいでしょう。なかなかの店舗です。立地も悪くない」
「ど、どうも……あの」
「さ、野原君。行きますよ……一度社に戻ります」
なんと、これから仕事なのだろうか。
この時はまだ、気付かなかった……これが、危機との遭遇、ファーストコンタクトだったということを。
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