24 最期まで側に、果てるなら共に(戦場にて上司と部下)
逃げろ、と彼の人は言った。
今すぐここから離れ、生き延びろと。
ああ、なんて非道なことを言うのだろうこの人は。
じっと微動だにせず見つめる部下である自分に、上司である目の前の人物は「きいてんのか!」と一喝した。
「まだ耳はいかれてないんだろう?! ……もう一度言う。今すぐここから離れろ」
「なぜですか」
間髪入れず、思った以上に冷静にそう返せた。
あまりに淡々とした声に驚いたのは自分だけではなく、相手も同様のようだった。「……お前、やっぱどっかいかれたのか」
そう憎まれ口を叩いたものの、いつもの勢いはない。乱暴に頭をかきむしった後、仕方なさそうに言葉をはき出す。
「もうここが落ちるのは時間の問題だからだ。……分かり切ったこときいてるんじゃねえよ」
「自分が言いたいのはそういうことではありません」
「じゃあ、なんだってんだ」
そんなこともわかってくれないのか、この人は。
いらだちを、いっそ怒りすら込めて相手を見つめる。
そして一言一言区切るようにその疑問をぶつけた。
「なぜ、私だけ、逃げろと言うんですか……っ!」
なぜ自分は、守るべき主に逃げろなんて言わなければならないのだ。
答えなければ絶対にひかないと言う態度に根負けしたのか、上司は大きくため息をつくと小さく言った。
「……命を無駄にすることもあるまい」
お前には先がある、とだけ言ってそのまま黙り込む。
これ以上の問答は無用とばかりの態度に、自分もフンと鼻息を一つついて「なら……」と言葉を続けた。
「なおのこと、あなたの側にいましょう」
相手が明らかに動揺した気配を感じる。
焦りに顔をゆがめ、襟首をつかんでにらみつけてきた。
「馬鹿がっ、貴様気でも狂ったか!」
「まさか」
つま先立ちになるくらい持ち上げられても、これだけは譲れなかった。
「身体があっても、心が死んでは意味がないでしょう」
あなたという存在があって初めて、自分は生きてるのだと言えるのだ。
それを聞き一瞬呆けた後、まばたきを二度。三度目のまばたきが終わった頃には主の瞳から暗い影はなりを潜めていた。
苦い顔をしながらも、毒気を抜かれたような声音で「……馬鹿が」とだけこぼす姿は、未だ苦さは残れど先ほどまでの焦りが消えている。
その苦しみの中に一筋の喜びが混じっているのがわかり、自分は間違ってないと確信した。
襟首を離され、どんと乱暴に落とされる。
いつも傍らにいたその人は、上から見下ろすような格好のままいつもと同じように傲慢に言い放った。
「――最後まで、側にいろ」
全てを吹っ切ったその様子に、ああそれでこそ我が主だと笑みその側に立つ。
「言われなくとも。もちろん、果てるなら共に」
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