22 いつか終わるなら、今この手で(人を愛してしまった神様)


 自分の名を呼んですり寄ってくる少女を、愛しいと思わずにはいられない。

 名は何よりの言霊とはよく言ったものだと、青年の姿をとった神は少女にばれないように微苦笑した。

 目の前の少女は、自分の真名を知る数少ない者の一人だ。人間の中では唯一と言っていい。


 興味がわいたから、気に入ったから。

 ……そんな理由で戯れに教えたのはいつの日だったか。

 それはほんの気まぐれのはずだった。

 旧知の者に言わせれば、その時点ですでに『本気』だったのだと冗談半分に揶揄される。


 名を呼ばれるたび、自分を巡る力が喜び躍るのがわかる。血が沸騰でもしたかのように指先まで熱くなる感情は、今では持て余すほどだ。

 それでも、脳裏からけして消えない声がある。


 ――しょせんコレはヒトにすぎぬ。


 今はあたたかく、ころころと表情を変えるこの少女も、いつか冷たく物言わぬ屍となる。

 手からこぼれる砂のように、その命はいつか尽きるだろう。

 それが、人の定め、制約だ。



 この少女がいなくなる。百年足らずの時を経て消えてしまう。


 そう思うとき、それまで駆けめぐっていた熱は一瞬にして氷の冷たさを持ち、背筋をざわりとはいのぼるのだ。

 ……正直に言おう。

 自分は怖い。

 この那由多の時を生きてきた神が、たった一人のヒトが消え去ることに恐怖を覚えている。まるでたちの悪い冗談のように。



 ああもういっそ。

 いつか儚く消えるなら、今この手で最期を迎えさせようか。

 そうすればコレは、永遠に自分のものとなるだろうから。



 無邪気に笑う少女の横、そんなことを考えている。

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