　逃げるのはとても簡単だ。だってあの人は、はなからこちらを縛っておこうなんてこれっぽっちも考えてやしないのだから。

　むしろ逃げることを推奨している、そんな態度ばかり取る。

　今の内に逃げた方がいい。

　手遅れになる前にやめる方が賢い。

　そんなことばかり言うあの人に、逃げる素振りの一つも見せてみろ。

　一瞬にしてあの人は、全てを諦める。

　そう、全てをだ。

　少しだけ悲しそうに「やっぱりか」とつぶやいて、けれど何もかも達観したような瞳でほっとしたように微笑むのだ。

「そう、それが正しい。……さよなら」

　そんな風に言う姿すら、想像に難くない。

　だから逃げたくない、逃げられない。

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