はじめての小規模な大冒険

近里 司

プロローグ 企画段階

 ある日のこと――


「ツーリングしようぜ!」


 ケイタが突然言い出す。


「ツーリング? オレ、免許持ってねーぞ」


 雑誌を読む手を止めずにナオヤが答える。どうやらシルバーに興味があるらしい。ページに折り目がついてあるところを見ると、いくつかに絞っているところなのだろう。


「トウジも持ってねーよな? ってか持ってるなら、こんなところでダラダラしてねーよ」

「悪いね。こんなところで」


 皮肉を言うも、ナオヤは反応せず。雑誌に目を向けている。


 季節は夏。


 ボクらは今年に入学した、ピッカピカの大学一年生だ。学校こそ違うが、二人とは小学校以来の付き合いになる。

 そして、今は学生の特権ともいえる夏休みの真っ最中だ。高校生までは、この夏休みが来るたびに胸が踊り、終わりとともに寂しさを覚えたものだ。

 しかし、大学生活での夏休みは、今までの夏休みとはわけが違う。あまりにも長いのだ。長いならいいじゃん。短すぎるよかましじゃん、とも思うだろう? だけど、あまりに長い休みを有効活用できる大学生はそうそういない。


 そりゃあ、夏休みが始まった当初は、二か月もある休暇にワクワクしたものだ。一人暮らしを始めてから最初の長期休暇。ダラダラするもよし、海や山に遊びに行くもよし、そしてあわよくば女の子と……。

 そう考えていたさ。だが、実際はこの長い休みを持て余しつつある。ダラダラしたって手持ち無沙汰だし、海や山に行こうっていっても友人はだいたい帰省中。そして夏休みに一緒に遊んでくれるような、仲のいい女の子もいない。そもそもそんな女の子がいたなら、ほぼ毎日こいつらと会う状況にならないはずだ。


 八月の中旬に差しかかったが、ボクらは毎日のように部屋でダラダラしている。ケイタとナオヤもなんにも言わないが、だいたいボクと似たような感じなのだろう。そうでなきゃ、頻繁にボクの部屋に来たりはしない。


「それにしても急だね。どっか行きたいところでもあるの?」


 ナオヤは関心がなかったが、ボクは少し興味があった。ここ最近のダラダラ生活にいい加減飽き飽きしていたのだ。どこかに行く計画があるのならば、是非とも乗りたいところだ。


「車さえあれば、ドライブしたり遠くに出掛けたりできるんだけどなぁ」

「確かに、ツーリングと言ったら車が思い浮かぶだろう。……だが違う。車ではない」


 もったいぶるケイタ。少しドヤ顔なのがイラつく。


「じゃあなんだ? バイクとかいうなよ? どっちにしろ免許がねーんだから」


 ナオヤもこの変わり映えのない長期休暇に退屈していたのだろう。興味を持ったのか、雑誌から目を上げて尋ねる。


「それは……自転車だ!」

『自転車ぁ!?』


 ボクとナオヤの声がハモる。

 若干、恥ずかしさをおぼえながらも尋ねる。


「自転車って普段使ってるアレ?」

「どのアレか分からんが、たぶんそれだ」


 どうやら聞き間違いではないらしい。でも、自転車でツーリングって言うものか?サイクリングなら聞くけど……


「自転車なら、普段カラオケとかモール行くのに使ってんじゃねーか。まさか、いつもの移動をツーリングって言ってるんじゃねーだろうな?」


 ボクが思った疑問をナオヤが代弁する。


 おそらく、ボクらの疑問は想定内だったのだろう。特に、あわてることなくケイタが答える。


「いや、自転車でも結構ツーリングしている人多いらしいぞ」


 そう言って、自分のスマホを見せてくる。画面を見てみると、インターネットのページが開かれている。ざっと見てみたが、どうやら自転車愛好家のブログのようだ。今まで自転車で訪れた場所についてのコメントや日記が書かれている。


「すげーな。この人、東京から大阪まで自転車で移動してるぞ」

「うわっ、それよりこれ見てよ。日本一周達成って書いてある!?」


 手ごたえを感じたのだろう。ケイタがここぞとばかりにまくしたてる。


「どうだ、オレたちもやってみないか? 自転車ならオレたちも持っているし、車やバイクみたいに燃料もいらないからな。まぁ、強いて言うなら、オレたちの気合が燃料になるかな!」


 気合うんぬんはともかく、ケイタの言っていることはもっともだ。自転車なら特に費用もかからないし、メンテナンスもパンクがあるかどうか調べるだけだ。

 ……ただ、それだけじゃよし、行こう、と言う気にはなれない。


「でも、さすがに日本一周や関西まで行くっていうのもなぁ。ちょっとハードル高くない?」

「オレも最初からそんなレジェンド級の目標は立てねーよ。ビギナーはビギナーらしく、ハードルを下げるさ」

「……ホントに行けんのか? オレたちママチャリしか持ってねーだろ。ツーリングするにしてはスペックが低くないか?」

「まぁ、そこは……なんとかなるだろ。そもそも、スペックを要求するような距離は走らねーって!」


 やりとりがつづいた後、ボクとナオヤは少し考える。正直、ケイタの提案は少々気になるところはある。——が、日ごろの退屈を持て余しているボクらにとっては願ってもないイベント事でもある。


「まぁ、いいんじゃない?」

「どうせ予定もないし、ヒマだしな」


 結局、新たな刺激への誘惑には勝てず、ボクたちはツーリングを決心するのだった。


「うっし! そんじゃ、行くことは確定ってことで!」

「出発はいつにする?」

「どうせオレたちヒマなんだから、早いうちに行っちまおーか。あんまり遅くなるとお前らの気が変わりそうだしな。」

「早めの出発はいいんだが、天気予報のチェックはしないといけねぇからな。当日、途中で雨なんて降ってみろ? 目も当てられねーザマになるぞ」

「まずはどこを目指すか決めようよ。目標を先に決めた方が計画も立てやすいし、モチベーションも上がるしね」

「ツーリングなんだから、やっぱ景色のいいところに行きてーな! 都会の喧騒から離れた、心が洗われるようなところがいい。」

「オマエはその程度じゃ心が綺麗にならないから、過度な期待はやめておくんだな。……けど、景色がいいのは重要だ。わざわざツーリングするんだから、普段から見慣れた景色をみてもしょーがねぇ」

「景色がいいってことは田舎の方? 少なくとも都心からは離れるよね」


 あーだこーだと言いながら、三人で計画を立てる。最初は乗り気じゃなかったけど、だんだんツーリングが楽しみになってきた。こういう遊びの計画を立てるのは嫌いじゃない。普段、あまりはしゃがないナオヤも、今はまんざらでもなさそうに意見を交わしている。


「よし、それじゃあ、確認するぞ? 行先はI県の○○でいいな?」

「ちょっと遠い気もするが。……まぁなんとかなるだろ」

「んで、出発は来週の日曜日。集合は7時にトウジの家な!」

「オッケー。それじゃ遅れないようにね?」

「7時か。寝坊するかもしれんから、一応6時半くらいに電話くれ」

「おぉ、まかせろ。6時半と言わず、5時くらいに電話してやるよ!」

「かんべんしてくれ……」


 かくして、来週のツーリングの計画が決まった。ハードルを低くするとは言ったものの、実際、設定した目的地は初心者にとっては遠いと思う。しかし、ボクらはあまり気にならなかった。初めてのツーリングにワクワクしていて、距離感覚がマヒしていたのだ。

 それに、ボクたちはまだ十代だ、いざとなったら若さでなんとかなる、と思っていた。若さゆえの妄信がそこにはあった。




 その時は、自分たちがどれだけ楽観的で、雑な計画だったか知るよしもなかった……。

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