スタチュー短編集
短編書く像
電気と発電士
キィィィィィィキィィィィィィキィィィィィィ。
とある発電所の中で、俺たちはタービンを回していた。
それは船に付いたハンドルのような物であるが、端から端までの長さは20メートルもある。その端の方で、俺は鉄の棒を押していた。
俺は発電士である。
俺たち発電士の仕事は、この鉄の棒を延々と押し続け、タービンを回し続けることだ。
この部屋には50人以上の人がいて、みんなで一つのタービンを回すのである。
「おい、そこ! 足に力が入っとらん!」
監督役の男が注意する。
「お前は休憩! そして、そっちのお前! 休憩は終わりだ!」
監督役の男に従って、屈強な男たちが入れ替わる。
「おい! そこのお前、よそ見してんじゃねぇ! やる気あんのかぁ?」
怒られてしまった。
俺は、前を向いて、足に力を入れるのだった。
夕方。仕事を終え、家に帰る。
「英太さん、おかえりなさい。お仕事、疲れたでしょう。今、夕食の準備をしますから」
「悪いな。妊娠しているというのに」
「いえ、このくらいのことは覚悟の上ですから」
可愛いくて美しい妻だ。
そのお腹には子供もいる。
発電士の仕事は辛いが、頑張らねば。
次の日。
今日も鉄の棒を押していた。
足に力を入れて踏みしめる。
つらい。
投げ出したい。
ああ、つらい。
初めの方は、考える余裕もないくらいきつかったが、今はもうだいぶ慣れた。
だからこそ、微妙に考えれるだけの気力がある。
でも、まともに考えることはできない。
つらい、つらい、つらい。
こんなことを思うだけならむしろ、こんな余力ない方がいいだろう。
監督の方を見ながら、できる限り休む。
でも、監督の夏木さんはベテランなので、俺が休んでいるのはすぐにバレてしまう。
今日も何度も注意された。
つらかった。
でも、妻と生まれてくる子供のために頑張らないとな。
そして、そういう日々を送っていると、俺の同僚である健支先輩から「ちょっと一緒に街を歩かないか?」と言われて、街を2人で歩くことになった。
「あのな、英太。俺たちの作っている電気は、本当に様々なところで使われているんだ。電球とかだけじゃなくて、もっとほんといろいろことにまで使われているんだ。金属の大半は電気を使って作られているし、電気を使わないと作れないような金属もたくさんある」
先輩は街を歩きながら言う。
「だから、俺らのやっていることは本当に意味のあることなんだ」
そうか、先輩は俺が最近怠けているから、こうやって俺のために言葉を紡いでいるのか。
「やめるつもりはないんだろ?」
「はい。妻と、あとお腹の中に子供が」
「そうか、それは頑張らないとな」
先輩と俺は街中を歩く。
「ここが、電線の端だな」
先輩が見ているのは、とある工場だ。
「この工場は面白いんだ」
先輩はそう良いながら工場の中に入っていった。
その中には、不思議な形をした巨大な物体がいくつも並べられていた。
「これらはな、飛行機っていうんだ」
「ヒコーキ、ですか……」
じっくり見ていると、見た目40代のおっさんがこちらへやって来た。
「おやおや、健支さん。と……そちらは」
「こっちは、俺の後輩の英太だ」
「発電士の方ですか。本当にお世話になっております。わたくしのことは、気軽に翔太と呼んでいただけたら、幸いです」
「お世話に?」
そのおっさん――翔太さんというらしい――のその言葉に憶えがないので、俺は首を傾げた。
「はい、実はあなた方の作る電気は、飛行機の研究に欠かせませんので」
翔太さんは、答えた。先輩は補足するように、話す。
「飛行機っていうのは、空を飛ぶ乗り物だ」
「空を……飛ぶ……?」
「ああ、そうだ。金属の塊が空に飛ぶんだ」
「初めの頃は木材でやっていましたが、いかんせん強度が低くて。なので今では専らアルミです」
翔太さんはそう言うが、木だったとしても、なぜ飛ぶのか分からない。
「翔太さんは飛行機作りに文字通り人生を捧げている」
「いやあ……苦節二十余年、未だにまだまだ実用化にはほど遠いですが」
翔太さんは謙遜する。
「それでも、ここまで来られたのは、発電士の皆様のおかげです。飛行機にはアルミという金属を主に使用しますが、これの製造には電気が欠かせません。それ以外にも、電気は至る所に使われております。
わたくし、飛行機に対する熱意は誰にも負けないと自負しておりますが、体は見ての通り貧相で、しかも一つしかありません。それなのにこうやって研究していられるのは、あなた方、発電士たちのおかげなのです」
その後、いろいろ見学した後、工場を後にした。
「どうだった?」
先輩は帰り道を歩きながら、軽い口調で問うた。
「そうですね、来て良かったと思います」
「そうだろ、そうだろ。
彼らは飛行機を作ることに並々ならぬ意欲を持っているが、電気がなければ研究出来ない。俺たちの電気がなければ、彼らはどれだけ強く、飛行機を作りたいと思っても作れない。そういうところは分かってくれたと思う」
先輩は、顔を上げた。そして青く澄み渡った空を見ながら、言う。
「俺はな、彼らみたいな熱意に溢れた人たちを応援したい。そして、実際に動くためのエネルギーを供給したいから、この仕事をしているんだ。
俺たちが作ったエネルギーがなければ、彼らは――どれだけの熱意を持っていたとしても――飛行機を作ることはできない。その飛行機作りの最初の一歩すら踏み出せないんだ」
家に帰ってきた俺は、ベッドの上でぼんやりと考えていた。
「英太さん、起きているんですね。ふふ、そういうことは――珍しいね◇」
妻は大きくなったお腹をさすりながら、慈愛に満ちた目で言った。
「ああ、先輩に連れられて、ヒコーキっていうものを研究している工場に行ったんだ」
「ヒコーキ……ですか」
「なんでも、空を飛ぶ乗り物らしい」
「気球みたいなものでしょうか?」
「いや、金属の塊だ」
「金属!? そんなものが空を飛ぶんですか!?」
「不思議なことに飛ぶらしい。俺も実際に見るまでは、信じなかったよ」
俺はベッドの上で体勢を起こす。
「でもやっぱり、夢を追っている人ってカッコいいな」
「英太さん……」
「俺、最近ずっと知りたかったんだ。
なぜ、タービンを回すと電気が生まれるのか?
なぜ、電線を使って電気を送ることができるのか?
なぜ、電気を使って氷を作ることができるのか?
大人になってからこんなにいろいろ知りたくなるなんて、俺ってバカだよな。学生だった頃は、何も勉強しなかったのにな」
「そうですね……」
「なあ、そういうことしていいか?」
「え……でも、英太さんには、私とお腹の中の子供を養って貰わないといけませんから……」
「分かってる」
「でも英太さんって昔から熱中すると周りが見えなくなることがあるじゃないですか!」
「分かってるって。本を買うだけだ」
「それならいいですけど……でも本は高いですからね、まずは一冊だけですよ?」
そうして、電気についての勉強をするようになった。
それは英太の趣味となった。
彼は発電士として3人の子の父となった。
彼の妻の心配を良い意味で裏切り、彼は発電士としての仕事の合間に電気の趣味をした。
だが、彼の電気に関する趣味は、結局、発電機の改良につながり、発電機から出る騒音がほとんどなくなった。
そんな彼は家族を大切にする父として一生を終えたのだった。
「電気は、皆が動くための原動力である。それは発電士たちが必死に頑張って作った物である」
英太の言葉である。この言葉からも、彼の電気についての勉強を始めるに至ったときのエピソードが、どれだけ彼の人生の中で大きなことだったのか分かることだろう。
終わり
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