4.

 突然飛んだ話に、俺は置いていかれそうになった。

「へっ!?」

「明日一限からだし、あたしの家結構遠いからこういう時帰りたくないんだよね。いくら車あるからって微妙な距離のところでアパート借りるんじゃなかったぁ……ユウさんのアパートならうちより学校に近いよね、車で5分くらいだよね」

 いや、そういう問題じゃなくて、と言いたいところだが、動転した俺は頓珍漢な質問を返してしまう。

「で、でも着替えとかどうするの」

「1組余ってるから大丈夫。それと明日提出のレポート手伝ってほしくて……ユウさんも第2外語ドイツ語だったよね」

 何だ、何が目的だこの子は。明日17時が提出期限のレポートくらい、朝早く登校してやれば何とかなるのに――思考回路がショートしかかったが、俺はとりあえず彼女の提案をのんだ。彼女の語気にはノーと言わせない何かがあった。


「ご飯ありがとー、すごい美味しかった!ユウさん料理上手だね」

 まだ晩ご飯を食べていないという水咲さんに、冷蔵庫の残り物で軽食を作ったら想像以上に喜んでくれた。

「本当に帰らなくて大丈夫なの?」

「だいじょーぶ、あたし一人暮らしだし。シャワー借りていい?」

「あ、どうぞ……」

 予習を軽くすませ、彼女の行動について考えてみた。レポートの手伝いくらい友達に頼めばいいだろうに、何故わざわざ俺なのか。特定のグループに入っている様子は確かにないが、女友達の1人や2人はいるだろう。吹奏楽部のほかの同期たちとも仲良くやっている。俺と水咲さんは学籍番号が近くなくて、グループ学習で一緒になることはまずない。教養科目も共通のものが少ないから、吹奏楽部以外で接する機会はあまりない。

 たまたまあの場に俺しかいなかったから?でも真面目な水咲さんが明日提出のレポートをまだやっていないとは考えにくい。或いはああ見えて意外と不真面目なのか。

「お風呂ありがと」

 水咲さんは十分も経たずに部屋に戻ってきた。

「あ、早かったね。レポートやる?机貸すよ」

「いや、いい」

 レポートやりにきたんじゃないのか、と言おうとして振り向いたが、俺はそこで固まってしまった。水咲さんから、いつもの柔和な雰囲気と笑顔が消えていた。レポートは、やっぱり俺の部屋に来る口実だったのか。

「確かめたいことがあるの」

 泣き出しそうな瞳で、水咲さんは俺を見据えた。

「ユウさん、去年文通してた?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る