2.
俺は浪人最後の年に文通をしていた。メールやLINEが普及しているこのご時世に、だ。たまたま家の前に落ちてきた風船を拾ったのがきっかけで、その風船についていたメッセージカードの主とほぼ1年間、他愛のない手紙をやり取りしていた。数年間にわたり入退院を繰り返していたその少年は、その最後の1年間、字が思うように書けなくなっても、俺のことをただただ純粋に応援してくれた。大半が平仮名で書かれた最後の手紙を見ると、今でも泣きそうになる。
『ゆうやお兄ちゃんへ
あけましておめでとうございます。今年もたくさんお手がみください。ぼくはさらい月に、たいいんすることになりました。今までおうえんしてくれてありがとう。たんじょう日のおいわいをかいてくれてありがとう。まだ手はうまくうごかないけれど、ぼくはとても元きになりました。もうすぐ、センターしけんという大きなテストがあるとおかあさんにききました。がんばってね。お兄ちゃんのこと応えんするよ。』
ちょうど『さらい月』に当たる日、俺に届いた手紙は少年の母親からのものだった。少年の悲しい知らせだった。
そしてその10日後に、後期試験の合格通知が届いた。
彼が見ていた世界は、どんなものだったんだろう。
顔すら知らない幼い少年のことを、今でも少し考えることがある。いつか彼がくれた手紙には、クラリネットの音色が大好きだと記されていた。まだ元気な頃にクラリネットを習っていたのだそうだ。
『佐々木さんがお医者さんになってぼくの病気をなおしてくれる日を楽しみにしています。』
初めて返ってきた手紙のなかに、こんな文があった。彼にとって、俺はどんな存在だったんだろう。俺は多分、彼が思うほど出来た奴じゃない。大学の講義も、教養科目なんか特にやる気になれなくてサボったりしてる。こんな俺だけど、俺は彼の希望になれていたんだろうか。
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