第83話

 

『順調だなー……そろそろベスティアの森を抜けるかもな』


『……森、魔物がいっぱいだし、早く抜けたいね』


『だなー……』


 フィーユとダラダラ雑談しながら、エクウスの手綱を操る。今は近くに魔物の気配がないとのことで、フィーユも荷台の外に出て俺と並んで座っている。


 ベスティアの森に入ってもう3日目だ。景色や出てくる魔物にも慣れ、俺達が少し油断していたそんな時だった。凄まじい轟音と共に、右側の斜面が崩れ出す。


『なっ、何だ!?』


『ト、トワぁ!』


 俺は慌ててフィーユを庇うように抱き寄せる。崩れた斜面はそのまま土砂となり、俺達の馬車に襲い掛ってくる。


『マズイ……ッ! エクウスッ!』


『ヒィンッ!』


 俺が手綱を操りながらエクウスの名を呼べば、エクウスもそれに応えるかのように強く鳴き声を上げる。崩れ落ちる土砂に巻き込まれないように、エクウスが速度を上げるが、土砂の崩れる速度の方が早い。


『う、うわあぁあぁぁぁあぁっっっ!!』

『きゃああぁああぁぁあぁぁっっっ!!』


 土砂が荷台にぶつかり、馬車全体のバランスが崩れる。馬車ごと土砂に巻き込まれるかと思ったその時、エクウスがもう一度大きく鳴き、土砂の上を駆け抜ける。



 ―― 俺が最後に見た光景は、土砂の上を走り抜けるエクウスと馬車の後姿だった。



 ……




『……ヮ! ……ワッ! ……トワッ!』



 誰かが俺を必死に呼ぶ声が聞こえる。




「……ぁ、さん……?」



 俺がぼんやりと目を開けば、視界いっぱいに泣きそうな表情のフィーユの顔が飛び込んでくる。


『トワッ! よかった……! 目、覚めた……!』


『……フィーユ?』


 後頭部に柔らかい感触がある。この感触、そしてこの体勢、これは……


「あこがれの……ひざまくら……」


『トワ、大丈夫?』


 フィーユが心配そうな表情で覗き込んでくる。俺は慌てて上体を起こし『だ、大丈夫!』と勢いよく返事をする。


『えーっと……俺達、あの後……どうなったんだ? 土砂崩れに巻き込まれて……そういえばエクウスや馬車は……?』


『……ごめんなさい。私もよく分かんない……』


 俺が意識を失っている間にあったことを、フィーユがざっくりと説明してくれる。

 土砂崩れに巻き込まれながら、俺はフィーユを守ろうと必死に抱きかかえた。そしてフィーユは咄嗟に、俺達を包むように防御壁を張ってくれたらしい。

 防御壁に包まれたまま土砂と共に流され、俺は防御壁に頭を打って気絶。フィーユは防御壁を解いた後、気絶した俺に対し必死に呼びかけていたらしい。


『俺が気絶する直前、エクウスと馬車は土砂の上を駆け抜けてたと思う。馬車の残骸がないってことは……多分馬車は土砂崩れから、間一髪逃れられたんじゃないかな?』


 俺の予想では、御者台に座っていた俺とフィーユだけが、土砂のぶつかった衝撃で外に投げ出されてしまったのだと思う。


『……エクウス達も、無事だといいね』


『そうだな……。まずはエクウスやファーレス、もち達と合流しないとな……』


『……うん』


 不安げなフィーユを安心させるように頭を撫で、俺は行動方針を考える。


『フィーユ、ファーレス達の魔力を感じられるか?』


『……うん! 感知出来るギリギリくらいのとこかなぁ……あっちの方だよ!』


 フィーユが感知出来るギリギリということは、1キロ程離れた場所にいるということだろう。フィーユが指差す方向は、斜面の上の方だ。

 直線距離で移動出来ればすぐなのだろうが、残念ながら土砂が積もっているため、歩くのは危険そうだ。迂回して登れそうな場所を探すしかなさそうだ。


『ファーレスッ! 聞こえるかっ!? 俺達がそっちに向かうっ! ファーレス達は動かないでくれっ!』


 声が届くか分からないが、俺はファーレス達がいると思われる方向に向かって大声で叫ぶ。この距離だとファーレスからはフィーユを感知出来ないはずだ。闇雲に動かれるより、居場所を感知出来ている俺達が動く方が得策だろう。


 幸い、サバイバルに関してはディユの森での経験がある。あの時とは違い、武器まで持っている上、フィーユという精密レーダーの役割をこなす相棒までいる。


『ま、楽勝だろ!』


『ほ、ほんと……?』


『おう!』


 俺は力強く頷く。




 ―― 数十分後、こんな言葉を吐いていた自分を殺したくなるとも知らずに。




 ……




『フィ、フィーユ! 防御壁、まだいけるかっ?!』


『う、うんっ!』


『頼むっ!』



 ファーレス達がいる方向に向かって歩き出して数分。俺達は狼のような魔物に囲まれていた。


 フィーユが事前に魔物を感知して位置を教えてくれたのだが、魔物達の移動速度が速すぎた。

 馬車に乗っている時は、馬車も速度があるため、馬車を狙う魔物の動きも直線的で単調になりがちだった。そもそも進行方向にいない魔物は殆ど無視していたし、馬車の上から姿が見えた魔物を撃つだけでよかった。


 しかし、馬車のない状態での戦闘は、俺達に非常に不利だった。

 狼のような魔物はある程度集団で行動しているようで、数匹は順調に倒せたのだが、どんどん数が増え、今では十数匹もの魔物に囲まれている。


 幸いフィーユが防御壁に穴を開けれるようになったので、俺が防御壁の穴から魔物を撃っているが、フィーユの穴の開ける速度と俺の射撃速度、どちらも魔物の動きより遅いためかなりの確率で避けられてしまう。

 フィーユは一瞬たりとも気が抜けず、歯を食いしばって必死に防御壁を維持している。



 ―― これじゃあ、フィーユの魔力が持たない。



 土砂崩れに巻き込まれた時、そして魔物に接近してから、フィーユはずっと防御壁を展開している。苦しそうに脂汗をかきながら、防御壁を維持するフィーユが目に入る。明らかに限界が近い。

 俺は魔物の位置を横目で確認し、覚悟を決める。


『……フィーユ、もうちょっとだけ防御壁持ちそうか?』


『……うん!』


 フィーユは声だけ元気に答える。しかし無理をしているのか、はぁはぁと荒い息を吐き、表情は辛そうだ。


『……じゃあもう1回、前方に穴を開けてくれ。そこから俺が銃で撃つ』


『……うん!』


『多分、銃で撃ってもあいつ等は避けて当たらない。でも、一瞬だけ敵がいない空間が出来る。そしたら穴を大きくして、俺が通り抜けられるようにしてくれ』


『……え?』


 俺の指示に、フィーユが目を見開く。


『俺が出たらすぐに穴を塞いで、フィーユは防御壁の中で耐えててくれ』


『そ、外に出たら、トワがやられちゃうよ……!?』


『大丈夫、俺に考えがあるんだ。フィーユ、魔力かなりキツイだろ? 持久戦は無理だ』


『わ、私の魔力なら大丈夫だよ……! 一緒に魔物がいなくなるまで、待とう……?』


 フィーユが縋りつくように俺に抱き着く。俺はそんなフィーユの頭を撫で、ゆっくりと説得する。


『フィーユが無理してるの、顔見れば分かるよ。このままじゃ俺もフィーユも殺されるだけだ』


『……でも!』


『フィーユ、大丈夫だよ。きっと上手くいく』


『……トワ』


 正直、俺の考えが上手くいく保障はどこにもないが、思いつく中で一番生存率の高い方法のはずだ。



『―― 俺が、絶対に上手くいかせる。だから俺を信じてくれ』



 真っ直ぐとフィーユの目を見つめ、宣言する。

 フィーユは泣きそうな表情で『……わかった』と頷き、涙を拭って凛とした瞳で俺を見つめる。



『―― トワを、信じる』


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