第82話

 

 すっかり忘れていたが、馬車の後ろには魔物除けのサシェがぶら下げてある。もしかするとこの効果かもしれない。


『んー……効果があるか分からないけど、フィーユが馬車から離れる時は、必ず魔物除けのサシェを持つようにしようか』


『……分かった』


 フィーユが馬車から離れる場合、魔物除けを所持した上で、必ずファーレスが付き添う。馬車側は……とにかく俺が荷台に籠もって射撃で守る……しかないだろうか。


『うーん……エクウスがやられたら、それはそれでヤバイしなぁ……』


 エクウスも大事な仲間だ。それにエクウスが動けなくなった場合、エクウスが動けるようになるまで馬車で籠城する羽目になる。もっと言うと、万が一エクウスが殺されてしまった場合は、馬車を置いていくしかなくなる。

 俺は魔力感知が出来ないので、とにかくエクウスがやられないように周囲を警戒するしかない。


 更に言うと、俺が馬車から離れる場合も悩みどころだ。フィーユ1人を馬車に置いて行くことになる。かといってファーレスを馬車に置いていくと、俺の身が危険過ぎる。


 そして、ファーレスが馬車から離れる場合もまた悩みどころだ。ファーレスを1人で外に行かせて大丈夫なのだろうか?


 魔物を倒したあの動きを見るに、戦力的には問題ないと思う。しかし大変失礼だが、ファーレスを1人にするのは不安だ。なんとなく、あいつ迷子になるタイプな気がするんだよなぁ。


『……しゃーない。俺とファーレスはとにかく馬車から離れない。以上!』



 ―― 俺は考えるのをやめた。



 用を足すときも、風呂に入る時も、とにかく馬車の近くで済ます!


『ファーレス、それでいいか?』


『……あぁ』


 ファーレスは特に気にならないのか、いつも通りの無表情で頷く。


『よし……取り敢えず、さっさと森を抜けよう!』


『おーっ!』


『……あぁ』


 フィーユも早く森を抜けたいようで、力強く拳を突き上げる。ファーレスはいつも通りの無表情で頷いていた。



 ……



 急ぎ足で森を駆け抜け、2日程経過した。

 最初の混乱が嘘のように順調だ。


『はぁ……一時はどうなることかと思ったけど、何とかなりそうだな』


 今はフィーユとファーレスがペアで、俺が休憩する番だ。

 荷台に敷かれた布団に寝転がり、ふと思う。


 ―― フィーユとファーレスって……どんな会話するんだ?


 盗み聞きはよくないが、荷台は別に防音というわけでもない。普通に外の音が聞こえてくるし、フィーユもよく荷台の中から俺に話しかけたり、話題に混ざったりしている。


 ―― ちょっとくらい、いいよな?


 俺は目を閉じて、もちを抱きしめながら狸寝入りを始める。フィーユは荷台にいるので、俺やもちが起きているとこちらに話しかけてしまうからだ。


『……』


『……』


『……』


 数十分間、ただただ沈黙がその場を支配する。


 ―― マジかよ……2人とも全く喋らねぇ……


 さらに数分後、フィーユが魔物を感知したのか、ファーレスに位置を教える。


 ―― よかった、やっと喋った……。かなり義務的な会話だけど、このまま雑談でもしてくれれば……


『……右、そう、そこ』


『……あぁ』


『……魔力の反応が消えた。倒せたみたい』


『……あぁ』


『……』


『……』


 再び沈黙がその場を支配する。


 ―― 雑談する気配が、全くない。


 俺は人といる時に沈黙が続くと、なんとなく気まずさを感じて喋り出してしまうタイプだが、恐らく2人は沈黙が気にならないタイプなのだろう。

 結局、交代時間まで2人が雑談することなく終わった。何だか体は休めたはずなのに、精神的に疲労した気がする。


 ―― フィーユ、俺には結構話しかけてくれるんだけどな……? もしかしてファーレスのこと、怖いのかな?


 ファーレスと交代し、次は俺とフィーユがペアの番だ。


『……あのさ、フィーユ。ファーレスのこと……えっと、どう思ってる?』


 口に出そうか迷ったが、3人で旅をする以上、不和がありそうなら把握しておいた方がいいだろう。そう思い、俺は漠然とフィーユに問いかける。


『……んー、喋らない人?』


『あ、うん。そうだね……』


 フィーユの言う通りだ。あいつは喋らなさすぎる。


『さっき眠れなくて起きてたんだけどさ、フィーユはファーレスにあんまり話しかけないね?』


『……だって、「あぁ」と「いや」と「さぁな」しか言わないもん。つまんない!』


『あ、うん。そうだね……』


 フィーユの言う通りだ。それは俺も思っていたし、何度も突っ込んでいる。

 つまり、ファーレスが色々話すようになれば、フィーユも沢山話しかけるようになるはずだ。


 ―― やっぱ目標5文字以上だな……!


 俺もいい加減、ファーレスが5文字以上喋るところを見てみたい。その後フィーユと雑談したり、魔物を撃退したりしつつ、ペア交代の時間になる。


『……じゃあ、私はちょっとお休みするね!』


 そう言ってフィーユが荷台で横になり、代わりにファーレスが荷台の外に出てくる。


『おす、ファーレス。お疲れ』


『……あぁ』


 俺は手短に挨拶すると、聞こうと思っていたことを正直にぶつける。


『あのさ、遠慮せず、本当に正直に答えて欲しいんだけどさ……』


『……あぁ』


『ファーレスって話し掛けられるの、苦手か?』


『……いや』


『話し掛けられるの、嫌じゃない?』


『……あぁ』


『お、おぉ……そうなのか……!』


 内心、ファーレスに『こいつ、いつもベラベラ話しかけてきてうざいな』と思われているのではないかと、不安だったのだ。


『じゃあ俺が話しかけるのも、迷惑じゃない?』


『……あぁ』


『おー……そうだったのか……てっきりうざがられてるかと……』


『……いや』


『まぁ確かに「あぁ」「いや」「さぁな」しか言わないけど、ちゃんと返事してくれるもんな』


『……あぁ』


 ファーレスの中で、俺は『うざい奴』という認識ではなかったようだ。よかった。これからは安心してベラベラ話しかけられる。


『ファーレスって「あぁ」「いや」「さぁな」しか喋ってはいけない、みたいな呪いでもかけられてんの?』


『……あぁ』


『本当かよ!?』


『……あぁ』


『いや、でもお前名前は言えてたよな……?』


『……あぁ』


『やっぱ「あぁ」「いや」「さぁな」 以外も喋れるよな……?』


『……あぁ』


『……クソ、本当ムカつくこのイケメン……』


 ちょいちょい無表情のままおちょくってくるファーレスに、若干イラっとしつつも『フィーユに話しかけられるのも迷惑じゃないよな?』と確認する。


『……あぁ』


『なら、せめてフィーユにくらい話し掛けてやれよ……』


『……さぁな』


『……おい』




 異世界生活493日目、ファーレスの返事を聞きながら、俺はフィーユと一緒に「ファーレスを5文字以上喋らせようキャンペーン」でも開催しようかなと思った。



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