第67話

 

『……トワ、取られた荷物と魔物のことは、諦めろ』


 項垂れ地面に膝をつく俺に対し、ミーレスが声を掛ける。その言葉に俺は目を見開き、ミーレスを睨みつけながら声を荒げる。


『諦めろってどういうことですかっ!?』


 睨みつける俺からそっと目線を逸らし、ミーレスが冷静な声で続ける。


『……そのままの意味だ。私の位置からではよく見えなかったが、魔石はかなりの量だったのだろう? 精霊石も貴重なものだ、きっと手に入れるのに苦労したのだと思う。だが……どんなに価値のある物だったとしても、お前の命より価値のある物ではないだろう? 今は命が助かったことを喜び、ナーエを出ろ』


『ナーエを……出る?』


 俺は呆然としながら、ミーレスの言葉を繰り返すことしか出来ない。


『口惜しいだろうとは思う……。しかしこれ以上ナーエにいても、あいつらに食い物にされるだけだ。魔石や精霊石はこの先また手に入れられる。……な?』


 ミーレスは聞き分けのない子供に言い聞かせるよう、しゃがんで俺の肩を叩く。俺はミーレスの手をそっと退かし、立ち上がる。


 俺の大事なものを奪っていった警備兵達の行動や言動、そして八つ当たりなのは重々承知だが、簡単に諦めろと言うミーレスの言葉に、怒りで頭がおかしくなりそうだ。叫び出したい気持ちを必死に抑え、煮えたぎる頭で必死に言葉を吐く。


『魔石は……いいです。でも、もちだけは……絶対に取り返します』

 

 そう、魔石はいい。

 精霊石は……メール達の思いが詰まった精霊石は、出来れば取り返したいが、きっとメールなら俺の命を優先しろと怒るだろう。


 でも、もちは……

 もちだけは諦められない。

 諦めるわけにはいかない。


『……ご迷惑をおかけしました。ここから先は俺一人で行きます。あいつらは……荷物ともちをどこに運んだんですか?』


『トワ……落ち着け。魔力を持たないお前では、行っても返り討ちにされるだけだ!』


 無謀な俺を止めようと、ミーレスが声を荒げる。


『返り討ちにされるだけかもしれません。でも……例え僅かでも、もちを助けられる可能性があるなら……俺はそれに賭けます』


『待て、トワ!』


 立ち上がり、警備兵達が進んで行った方向に向かって歩き出す俺に対し、ミーレスが必死に裾を掴んで止める。


『……離して下さい』


『……どうしても行くのか?』


『行きます』


 俺の中に迷いはない。

 異世界に来て一年目のあの日、あの朝。

 もちだけは絶対に一人にしないと決めたのだ。


『……あの白い魔物、あいつがそんなに大切なのか?』


『大切です』


『自分の命よりもか?』


『……自分の命も大事です。でも、自分の命を懸けても構いません』


 ミーレスの目を見つめ真っすぐ答えた俺を見て、ミーレスは困ったように頭を掻く。はぁ……と1回大きく溜息を吐き、強く俺の腕を掴む。そして苦笑を浮かべながら、優しく俺に語り掛ける。


『……そうか。ならばまずは落ち着け、頭を冷やせ。そんな頭に血が上った状態で殴り込んで、あいつらに敵うわけがないだろう?』


 穏やかな声で告げられる正論に、俺は足を止める。

 ミーレスの言う通りだ。もちを助けたいのなら、闇雲に立ち向かうのではなく、綿密な計画を練った方がいい。

 冷静になれば、何の罪もない、むしろ迷惑をかけてばかりのミーレスに対し、俺の態度は失礼過ぎる。頭に上っていた血が下がり、急激に自責の念に駆られる。


『あの……すみませんでした……。ミーレスには盗みをした男を捕まえて貰ったり、お世話になってばかりなのに……カッとなって、失礼な態度を取って……』


『いいさ、気にするな。私もすまなかったな……あの魔物がお前にとってそんなに大事な存在なのだと知らなかったんだ』


 ミーレスの言葉で俺の脳内にもちとの思い出が駆け巡り、もちに対する様々な感情が湧き上がってくる。


『……もちは俺が異世界に来て、右も左も分からなくて……傷ついて、落ち込んで……生きることを諦めかけてた時に出会った……大事な仲間なんです』


『……あぁ』


『もちにも家族や仲間がいたのに……俺は自分が辛くて、怖くて、寂しいから……もちを仲間や家族から引き離したんです……』


『……あぁ』


『もちは優しいから……そんな俺を責めることなく、ずっと傍にいてくれたんです』


『……そうか』


『もちは人の言葉を喋れないけど、凄く賢くて……俺の気持ちを分かってくれて……俺が辛い時や悲しい時は、いつも寄り添ってくれるんです』


『……いい仲間なのだな』


『はい……。いつもちゃんと状況を見てる子だから、きっと泥棒が入った時も……もちは隠れて静かにしてたら助かるって分かってたと思います。でも、俺の大事なものを守るために……泥棒達に立ち向かってくれたんだと思います』


『……そうだな。あの魔物が泥棒の手に噛みついていなかったら、きっと荷物は気付かぬうちに奪われていただろう』


『もちは俺の大事なものを命を懸けて守ってくれました。だから今度は俺が命を懸ける番です』


 俺の言葉にミーレスは『本当にソルダの言っていた通りだ……。貧弱そうに見えて、意志が固い』と苦笑する。


『一度ギルドに戻るぞ。荷物やあの魔物が運ばれるであろう場所、そしてどうやって取り返すか、作戦を練ろう』


 そう言ってミーレスはギルドがある方向に歩き出す。


『み、ミーレス!? 貴方を巻き込む気はないです! 場所だけ教えてくれれば……』


 ミーレスの協力してくれそうな雰囲気を感じ、慌てて声を上げる。どうせ俺はナーエから出ていく身だ。何が起きたって逃げればいい。


 だが、ナーエのギルドマスターであるミーレスはそういう訳にもいかない。警備兵達と何か諍いが起きれば、大なり小なり確実に被害を被る。


『ふっ、努力する奴は応援してやりたいんだ。出来ることがあれば遠慮なく頼ってくれ』


 何処かで同じことを言われた気がする。

 吹っ切れたように笑うミーレスは、それはそれは美しかった。


『……ありがとうございます。俺だけじゃきっともちを助けられない。もちをどうしても救いたいんです』


『ならば答えは決まっているな?』


『……ミーレスの力、頼りにさせて下さい』


 俺の言葉にミーレスが満足そうに頷く。『でも危険なことはしないで下さいね』と付け加えれば『お前が言うな』と頭を小突かれる。互いに笑いあっていると、ミーレスが決意表明するように拳を上げる。


『さぁ、あの白い魔物……もちとやらを絶対に救い出すぞっ!』


『はいっ!』


 ミーレスを真似、俺も大きく頷きながら、拳を天に突き上げた。

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