第68話

 

 ギルドで膝を突き合わせ、ミーレスともち救出作戦について話し合う。と言っても俺の持つ情報はほぼゼロで、ミーレスもあまり詳しく知っているわけではないらしい。

 当日は殆どが行き当たりばったりになるだろう。


『――……つまり、もちは牢屋に連れていかれる可能性が高いということですね』


 俺の言葉にミーレスが頷く。

 ナーエは牢屋が平民街にあり、平民街を警備する兵達はそこを根城にしているそうだ。


 平民街の警備に割り当てられている兵の数はあまり多くなく、牢屋の警備は室内な上に楽な仕事なので、1人しか配置されていないそうだ。

 警備兵達の間で不満がないよう、ローテーションで1日毎に交代しているらしい。


『その1人を無力化出来れば、牢屋の中は調べ放題のはずだ』


 ミーレスの言葉に頷きながら、牢屋の鍵について確認する。ミーレスが何度か用事で訪ねた際、いつも入り口の鍵が掛かっていなかったと言う。


『罪人を閉じ込める檻自体は、鍵が掛かっているはずだ。その鍵は……確か牢屋の警備が腰から下げていたと思う』


『……牢屋の警備を無力化したら鍵を取り上げて、檻の中を探す……』


『ふっ……言葉で言うのは簡単だが、相手は貴族だ。トワは勿論、私でも到底太刀打ち出来る相手ではない』


 ミーレスは諦めたような声音で天を仰ぐ。

 俺は必死に思考を回す。


 ―― そうだ。昔、ティミドに脱獄方法を相談した時……


『外で騒ぎを起こして、警備兵の気を逸らして……その間に牢屋に忍び込むとかどうですか?』


『忍び込んだ後はどうする? 牢屋の警備から鍵を奪う必要があるぞ』


 ティミドが考えてくれた案を提示してみると、ミーレスは眉をひそめる。俺は懐からそっと銃を取り出し、ミーレスに見せる。


『これで相手を背後から撃ったらどうでしょうか?』


 ミーレスは銃をまじまじと見た後、実際に何発か壁に向けて撃ち、飛距離や威力を確かめる。


『面白い武器だな。だが貴族は常時防御魔法を発動しているはずだ。生身の貴族なら傷を負わせられるかもしれないが、あいつらは頑丈な鎧を着込んでいる。致命傷を与えられるかは賭けになる。私の見立てでは9対1で……こちらの分が悪いな』


 殆ど賭けになっていない。僅かな可能性に賭けて負ければ……警備兵に反撃されてジ・エンドだ。

 そういえば脱走支援策を考えていた際、思いついた案がある。



『じゃあ……――』



 ……



 もち救出作戦実行当日。


『では、手筈通りに……。ミーレス、本当に気を付けて下さいね?』


『馬鹿者、それはこちらのセリフだ。忍び込む役を意地でも譲らないとはな……』


 ミーレスが呆れたように俺の頭を軽く小突く。役割分担は、俺が牢屋に忍び込む役、ミーレスが外で騒ぎを起こす役だ。


 身体能力や戦闘能力、隠密行動力や危機察力等々……全てにおいて俺よりステータスが高いであろうミーレスが、牢屋に忍び込んだ方がいいことは分かっている。

 それでも、俺は忍び込む役を譲らなかった。


 ―― ごめん、もち。でも……俺の我儘に他人の命を懸けるのは……違うと思うんだ。


 命を失う危険性が高いのは、確実に忍び込む役だ。それが分かっていて、ミーレスに任せるわけにはいかない。


 ―― 俺がこの手でもちを救い出す……!


 5メートルほど先に見える牢屋を、睨むように見据える。



 ―― 作戦開始だ。



 ……



『火事だーっ! 火事だぞーっ!!』


 ミーレスが牢屋から少し離れたところに火を起こし、火事だと騒ぎだす。ある程度騒いだところで、ミーレスが牢屋の扉を勢いよく叩き牢屋の警備兵を呼ぶ。


『火事が起きています! 私の魔力では水が足りません! どうか貴族様のお力を貸して下さい!』


 ちなみに火自体は俺のライターで点け、ミーレスが魔力回復薬を飲みながら魔法を使いまくり、辺りの魔素量を減らしてある。


 この小細工により、貴族である警備兵が駆けつけても、魔法で水を出してすぐに鎮火することは難しいはずだ。


 もし魔素量について突っ込まれたら、火を消そうとしてミーレスが必死に水を出してしまったと言い訳する予定だ。

 ギルドマスターであるミーレスが、平民街まで火事が及ばないよう、消火活動をしようとするのは自然なことだ。


 警備兵はより立場が上の貴族から命令され、平民街を警備している。ここで大規模な火事なんか起こせば、自身の責任問題になりかねない。上の貴族に知られることを避けるため、ちゃんと消火活動をしてくれるはずだ。


 ―― 結構大規模に火をつけちゃったけど……魔素量さえ戻ればすぐに鎮火出来るってはずだってミーレスが言ってたし。俺は俺の仕事をしないとな。


 辺りの魔素量が戻るまでがタイムリミットだ。

 俺は急いで牢屋に忍び込む。


 ―― 人影なし、と。


 牢屋の入り口から中を確認し、人影がないことを確認する。ミーレスが事前に教えてくれていた通り、牢屋の警備兵は先ほど出て行った1人だけのようだ。


 俺は入り口の扉に尖った石を挟み、逆ドアストッパー代わりにする。外から扉を開けようとしたとき、石が邪魔をして少しは空き難くなるはずだ。

 これは俺が牢屋内にいる間に警備兵が帰って来た時、少しでも時間稼ぎをするための小細工だ。


 ―― 石ならたまたま挟まったと思ってくれるだろう……多分。


 脱出経路や身を隠す場所をささっと確認しながら、急いで檻のある方へ向かう。牢屋の構造はざっくりとだがミーレスから情報を貰っている。


 牢屋は建物自体がかなり小さめで、大きさで言えば中流家庭の一軒家程度の広さしかない。

 入り口から入ってすぐに警備兵の待機部屋になっており、奥の扉が、捕らえた罪人を入れる檻のある部屋に繋がっているそうだ。


 奥の扉を少し開け、中の様子を窺う。

 檻のある部屋に警備兵がもう1人いる……ということはないようだ。


 ―― もち、頼む。無事でいてくれ……!


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