第58話

 

 まずはナーエのギルドに向かうことにした。

 ソルダが連絡を取ってくれたと言っていたし、ナーエには知り合いがいないため頼る場所もない。

 手を貸してくれるはずだというソルダの言葉を信じ、城壁の門番に聞いたギルドの方向に向かって歩いていく。


 少し迷いながらも、ナーエのギルドに無事辿り着いた。

 ノイと同様にギルドの前には数名の門番が立っており、門に近付くと呼び止められる。


 俺が緊張しながら名前と共にソルダの紹介だと伝えると、『確認します』と門番の1人が中に入っていく。

 少し待たされた後、『確認が取れました。中へどうぞ』と戻って来た門番に促され、ギルド内に入る。


『今日和、ワタリ・トワ様、ですね?』


『あ、はい!』


 門番が確認しに行った際に名前等を伝えてくれたようで、突然受付嬢に呼ばれる。

 挙動不審にならないように注意しつつ受付に近付くと『マスターが直接お会いするそうです。少しお待ちください』と応接室のような場所に通される。


『あ、はい!』


 俺はギクシャクと応接室に入り、迷った末に一応下座に座る。

 ここは日本じゃないし、あまり上座や下座は関係ないかもしれないが「お・も・て・な・し」の心だ。違うか。


 ……


 暫く待っているとバンッと勢いよく扉が開き、長身の女性が入ってくる。


 まるでモデルのようにスタイル抜群なその女性は、腰まで伸びた美しい橙色の髪を颯爽となびかせ、カツカツと俺の前に歩み寄ってくる。


 年の頃は20代後半から30代前半だろうか。意志の強そうな瞳に厚い唇。しなやかな体躯は薄手の皮鎧に包まれ、体のラインがハッキリと分かってしまい目のやり場に困る。

 非常に魅惑的なのだが、うっかり手を出そうものなら刺されそうだ。正に女戦士……アマゾネスといった雰囲気の女性だった。


『お前がワタリ・トワか?』


『あ、はい!』


 さっきから『あ、はい』しか言ってないな……と思いつつ、ドギマギしながらアマゾネスさんの胸元から目を逸らす。

 決して胸を見ていたわけではなく、アマゾネスさんの身長が高すぎて胸のあたりに目線が丁度行ってしまうのだ。


『私がナーエのギルドマスターをしているミーレス、ナーエ・ストラティオ・ミーレスだ』


『と、永久、渡永久です。よろしくお願いします』


『ふっ……そんなに緊張しなくていい。ソルダから話は聞いている。故郷を目指しているそうだな?』


『あ、はい』


 ミーレスは俺と向かい合わせのソファに腰掛け、軽く微笑む。

 気圧されるような雰囲気が少し和らぎ、俺の『あ、はい』も先程より少し柔らかな声で言えた。


『私もソルダと同様、トワを応援してやりたいと思っているんだ』


『あ……ありがとうございます』


 ミーレスは優しく、しかしある種の鋭さも持ちながら、ナーエでどう生活していくつもりなのか俺に問いかける。

 滞在場所、滞在中の仕事、そしてどれくらい滞在し、何処へ向かうのか。

 矢継ぎ早に問いかけられながら、俺は面接に答えるような気持ちで次々に回答していく。


『滞在場所はどこかいい宿を教えて貰えれば……と思っています。仕事は自分の故郷の物を売りたいと考えていて、商売許可証もソルダに貰っています。ナーエに長期滞在するつもりはなく、旅の消耗品や食料の補充と……故郷の情報収集が出来たら次の街に向かおうと思ってます。次は……ロワイヨムに向かうつもりです』


 ミーレスは頷きながら俺の答えを聞いていたが、最後ロワイヨムの名前が出た時に少し目を見開く。


『なるほど……分かった。宿は後で信頼できる場所を紹介しよう。商売も許可証があるなら問題ない。広場に行商人が店を開く辺りがあるので案内しよう。そこで消耗品や食料も買えるだろう。故郷の情報収集も広場で行うのが一番効率的だろう。問題を起こさないようにな?』


『はい、分かりました』


 ミーレスはそこで一度言葉を止め、再度口を開く。


『そして、ロワイヨムへの道だが……かなり過酷だぞ? 山を越える必要がある上、山は王の魔力圏外だ。魔物が多く出る。ロワイヨムとは逆方面になってしまうが、レイノの方では駄目なのか?』


 ミーレスは布の地図を出し、レイノという街を指し示す。

 レイノは丁度ノイとナーエくらいの距離で、ノイとナーエを行き来したなら、レイノに向かうのも可能だろうと言われる。

 しかし地図で見る限り、ミーレスの言う通りレイノとロワイヨムは完全に逆方面だ。


 レイノでも情報を集められるのかもしれない。

 だが、俺の目的はレアーレの家だ。

 俺はミーレスの問いかけに首を振り、ミーレスの目を真っすぐ見つめながら宣言する。


『ロワイヨムに、行きます』


 ミーレスも俺の目をしっかりと見つめ返し、問いかける。


『……理由を、聞いても構わないか?』


 ミーレスの問いかけに、俺は『はい』と頷き、話始める。


『……俺の故郷はこことは違う……遠い遠い別の世界にあるんです』


『別の、世界?』


『はい。馬車や船じゃいけないような……空の彼方。夜空に見える月や星の1つが……多分俺の故郷なんです』


『はは……それはまた……壮大な話だな』


 俺の言葉にミーレスは呆然としたように笑う。

 恐らく「夢物語だ」「冗談だろう?」と笑い飛ばしたいのだろうが、俺の真剣な眼差しに圧倒されているのだと思う。


『この世界では月や星に行ったという人に会ったことがありません。でも俺のいた世界では、訓練を受けた者だけですが、空飛ぶ船みたいなもので人為的に行き来することが可能だったんです』


 俺はミーレスに伝わるよう、宇宙船をざっくりと説明する。

 ミーレスは俺の説明を聞き、神妙な顔で頷く。


『……トワが嘘をついているようには見えないな。つまりトワは訓練を受けた者なのか?』


『いえ、俺は事故と言うか……理由は分からないんですが、突然この世界に来てしまいました』


『突然……?』


『はい。これは俺がいた世界でも聞いたことがない現象で……どうしてこの世界に来たのかも、どうやったら元の世界に帰れるのかも分からないんです』


 正確には神隠しなどが俺と同じ現象なのかもしれないが、どちらにしろ詳細が不明なため今は無視だ。俺はゆっくりと言葉を重ねる。


『レアーレの冒険。そこに出てくる女神様が使った家に帰る魔法……。その魔法が唯一見つけた希望なんです』


『あのお伽話か……』


『あれはお伽話……架空の話ではなく、実話だそうです。レアーレの子孫がロワイヨムの近くにいると聞きました。今もいるのかは分かりません。でも、少しでも希望があるなら、俺はロワイヨムに向かおうと思ってます』


『……なるほど。意志は固そうだな』

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