第45話

 

『……さて、トワ。君に少し辛い宣告をしなくてはいけない』


 ロワが笑みを消し、酷く真剣な表情で俺を見据える。

 顔が整い過ぎている分、笑みを浮かべていないとまるで人形のような冷たささえ感じさせ、少し怖い。俺は掠れた声で問い返す。


『辛い、宣告……?』


『あぁ。トワ、君はこの街を早目に出た方がいい』


『……ノイを?』


 何故突然ノイを出ろと言わるのか分からず、俺はロワの目を見つめ、真意を探ろうとする。ロワは少し目を伏せ、静かな声で続ける。


『君を捕らえた貴族、あいつはかなりタチが悪い。古い家柄で権力を持っている上、私のことを良く思っていないからね』


『あいつが……』


『今回は私の友人だからと渋々トワから手を引いた。しかし確実に目を付けられただろうね』


『目を付けられたら……どうなるんだ?』


 俺の問いかけにロワは少し躊躇った後、ハッキリとした声で告げる。


『……恐らくあの手この手でトワに罪をなすりつけ、処刑に持ち込もうとするだろう。トワだけでなく、周囲の人間も巻き込むかもしれない』


『……やっぱり、処刑か』


 俺の脳裏に平民の集まる広場が思い浮かぶ。

 広場の中心、高い高い台の上に並ぶペッシェ達の首……。


 その首が俺の顔に、そしてペール、メール……皆の顔に変わっていく。


『……分かった。俺がノイから出れば他の皆は安全なんだよな?』


『恐らくね。あの貴族がトワの存在を知ったのも最近だ。まだ周囲の人間のことは知らないだろう』


『……いつまでにノイを出ればいい?』


『あいつも直ぐには動かないだろう。数日……3日以内には出た方がいいだろうね』


『分かった』


『あいつに先手を打たれてしまえば、私でも庇いきれるか分からない。王が一人を贔屓するわけにはいかないからね』


『……あぁ』


 旅に出る準備は進めていた。最後の確認と……皆へのお別れさえ済ませば、3日以内に出発することは可能だろう。


『……すまないね。あの貴族もゆくゆくは排除するつもりだ。だが今は色々としがらみがあってね……』


『ロワが謝ることじゃないさ。元々はあの貴族に逆らった俺が悪いんだし』


 俺が笑顔でそう言えば、ロワが心配そうな表情で問いかける。


『……行く当ては、あるのかい……?』


『近いうちにノイを出る予定だったんだ。前も話した通り、故郷に帰る為に旅をするつもりだったから』


『そう……』


『……ノイを出るきっかけが出来て良かった……そう、良かったんだよ』


『トワ……』


 少し目を伏せて自分に言い聞かせるように呟いた俺に対し、ロワは自分の無力を嘆くかのように、強く拳を握り眉間に皺を寄せる。


 俺は暗い空気を吹き飛ばすよう、殊更明るい声でロワに話しかける。


『あ! そういえば……俺をこの世界に呼んだのはフードの男、つまりロワだと思ってたんだけど……』


『え?』


 ロワは何の話?といった表情で、こちらを見る。


『……え?』


『え?』


 お互いにポカンと顔を見合わせてしまう。


『え、ロワじゃないの?』


『え、なにがだい?』


『いや、俺をこの世界に呼んだの……』


『え、トワはこの世界に呼ばれて来たのかい?』


『え?』


 そういえばロワには遠い場所から来たとしか話していなかった気がする。

 俺は身振り手振りを交えながら、自分がこの世界とは別の世界から来たこと、元の世界に帰りたいことを説明する。ロワは驚きつつも真剣に話を聞いてくれた。


『―― で、俺はてっきりこの世界に呼んだのが、ロワの仕業だと思ってたんだけど……』


『うーん……トワの勘違いだね』


『マジかよ……』


 俺の壊滅的な推理力は、異世界に来ても相変わらずだったらしい。


『え、じゃあ何でロワはわざわざ俺に接触したんだ……?』


『あぁ……トワがとある事件に関わっていると思ったからだよ』


『とある事件……もしかして魔素減少事件?』


『おや、知ってるのかい? そう、その事件だ』


 ロワはあの事件が起きた後、何度も研究者達と共に調査を行ったが、結局原因は分からなかったらしい。

 魔素が減少した以外に大きな変化はなかったが、ロワもあんな現象は初めてだったそうだ。

 知らないところで何か影響が出ているのではないか、再びあの現象が起きる可能性はないのか、何か情報を得ようと様々な調査を行っていたらしい。


『あの事件について何の手掛かりも掴めず、私が諦めかけていた時だ。平民街で大きな変革が次々に起きていると情報を得た。しかもその変革は全て外からやって来た謎の人物、トワ、君が起こしていると知った』


 ロワは王として平民街の状況も把握するよう、定期的に調査員を派遣して報告を聞いているそうだ。

 その報告の中で、平民街に新しい食べ物や遊びが流行っていることを知ったらしい。


『前にも話したかもしれないが、ノイは立地的に移民が来るような場所じゃない。あの事件の後に突然現れた君を警戒するのは当然だろう?』


『あぁ……』


『あとは人を集めて何か事件を起こすのかと心配していたんだ。オセロ大会に動画やコンサート……君はいつも人を集めていた』


『あー……言われてみれば』


 実際は人を集めて稼ごうとしていただけなのだが。

 不審者として怪しんでいる人物が目新しい物で人を集めていたら、そりゃあ何か事件を起こすのかと怪しむだろう。


『ま、調査員にトワを監視させ続けたが不審な点はなかったし、私も実際にトワに会ってみて、何の魔力も感じないし変な様子もない。トワはただの旅人だと判断したのさ』


『な、なるほど……』


 まさか調査員に監視されたり、ロワに様子を探られていたとは……驚きだ。


『君には予想を裏切られてばかりだ。トワ、やはり君はあの事件に関わっているのかい?』


 ロワが『知っていることを教えてくれ』と真剣な表情で言葉を続ける。

 俺は『関わっているのか確証はないけど……』と前置きをした上で、前にアルマに話した『誰かが異世界とこの世界を繋ぐ魔法を使い、俺がこの世界に来たのではないか』という推理をロワにも披露してみる。


『異世界とこの世界を繋ぐ魔法、か……』


 俺の話を聞き終わり、ロワは眉を寄せて考え込む。

 ロワの思考を邪魔しないよう俺も黙り込み、一時(いっとき)沈黙がその場を支配する。


『うーん……理論的に有り得ない魔法だと思うね』


 アルマと同じく、ロワにも有り得ない魔法だと言われてしまい、俺はガックリと落ち込む。

 アルマに反論した時と同じく、俺はレアーレの冒険で出てくる魔法を引き合いに出す。


『前にロワが、レアーレの冒険は実体験を元に書かれているって言ってただろ? あの話に出てくる魔法は?』


 しかもロワはレアーレの冒険に関する情報を持っているはずだ。

 今この瞬間を逃したら、レアーレの冒険について話を聞くチャンスは、もう訪れないかもしれない。


『あぁ……あれも「実際にあったらしい」という話が伝わっているだけで、どんな魔法なのか、本当にそんな魔法があるのかは謎に包まれているんだよ』


『そんな……!』


『口伝が広まり、物語に書き起こされ、その物語が広まったんだ』


『じゃあ……全部空想上の話ってことも……有り得るのか……?』


 最後の望みも断たれた気分で、俺の心が深く沈む。

 しかし、次のロワの言葉で俺の心は再度浮上する。


『いや、レアーレの家や物語に出てくる大きな木は残っている。全てが空想という訳でもないだろう』


 ロワの言葉を聞き、俺は俺は矢継ぎ早にロワに問いかける。


『本当に!? 頼む……! ロワが知っているレアーレの冒険に関する情報を、全部教えてくれないか? あれはいつ頃の話なんだ? 女神様は今も実在するのか? 女神様の魔法について何か情報はないのか?』


 ロワは詰め寄る俺を宥めながら答えを返す。



『落ち着いて、トワ。分かった、私が知る限りの情報を君に教えよう』



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