第44話
『やぁ。久しぶりだね、トワ』
そんな言葉と共に笑顔で迎えてくれたのは、驚くほどの美男子だった。
年は20代後半から30代前半くらいだろうか。俳優顔負けの優し気な顔立ちに、腰まで伸びる艶やかな紫色の髪。
皇帝服とでもいうのだろうか?白を基調とした絢爛豪華な衣装も、通常であればその服だけで何千万、何億もの価値が付きそうだが、その男が着れば彼を引き立てるだけのアイテムに過ぎない。
扉正面に配置されたソファに寛いだ様子で腰掛け、その男は言葉を続ける。
『まぁ座りなよ。―― あ、君は下がっていいよ、ありがとう』
前半の言葉は俺に向けて、後半の言葉は俺を案内した兵士に向かって放つ。
穏やかな声なのだが、逆らえないオーラを感じる。
―― これが……ノイを統べる王、ノイ・グラン・ロワ。
圧倒的な存在感を前に、俺は思わず立ちすくむ。
俺は王と面会するのなんて生まれてこの方初めてだが、扉が開き実際の姿を見るまでは「まぁ、同じ人間なんだし、偉い社長みたいなもんだろ」と自分に暗示をかけ、精神を落ち着かせようとしていた。
―― 本当に……俺と同じ人間なのか……?
思わずそんな考えが生まれる。
眩ささえ感じるほど整った顔に、均整の取れた体躯。
日の光を浴びて煌く絹のような髪。
正に透き通るような肌。
全てを見透かすような静かな光を放つ深い紫色の瞳は、長い睫毛に彩られていた。
『? トワ、座らないのかい?』
扉の前に立ち尽くしたまま微動だにしない俺に対し、不思議そうな表情でロワが問いかける。
その問いかけで思考力が戻り、慌ててその場に跪く。
『こ、この度は俺……いえ、私の誤解を招く発言によりご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした!』
思考力を取り戻すと共に俺が取った行動は、とにかくロワの怒りを買わないよう謝り倒すことだ。
チラリと横目でロワの表情を窺えば、ロワは少しポカンとした顔をした後、可笑しそうに笑い声を上げる。
『あはは、あの貴族のことかい? 気にしなくていいよ。どうせその内トワをここに呼ぼうと思っていたからね』
丁度良かったよと言いながらロワが笑う。
取り敢えずロワが怒っている様子はないため、俺は心の中で安堵の溜息を吐く。
しかし、先程からずっと気になっているのだが、ロワは何故こんなにも親し気な態度なのだろうか?
『でもまさかトワが私の正体に気付いていたとは……驚きだよ』
―― ……ロワの、正体?
『一体いつ気付いたんだい? まさか最初から気付いていたのかな?』
話に全くついていけない俺を置いてけぼりにしたまま、ロワは楽しそうに語る。
『ふふ、トワにはすっかり騙されたよ。こんな気分は初めてだ』
本当に楽しそうな笑みを浮かべるロワとは対照的に、俺はただただ困惑の表情を浮かべることしか出来ない。
上機嫌に話していたロワもふと俺の表情に気付き、言葉を止める。
『……あれ? もしかして……気付いてなかったのかな?』
城に連れてこられ、この部屋に案内され、ロワと対面してから初めて、俺は声を発した。
『あ、ハイ……』
……
俺の返事を聞いた後ひとしきり笑いまくり、目に涙まで浮かべたロワがお腹を押さえながらやっとこちらを見る。
『ふふ……いや、まさか……私の勘違いだったとは……!』
まだ笑いの波が引かないのか、笑いながらロワが話しかけてくる。
『えと……あの、俺……私は、ロワ王と何処かでお会いしたことが……?』
平民街では敬語を使う機会が殆どなかったため、かなりぎこちない敬語でなんとか問いかける。
するとロワがすっと立ち上がり、部屋の奥の棚から何かを取り出す。
どうやら取り出したものは長い外套のようで、ロワは笑いながらその外套を身に纏う。
『これで思い出してもらえるかな?』
外套についた大きなフードをバサッと頭に被り、ロワが優雅にこちらを振り向く。
『ふ……フードの、男……!』
『ふふ、やっと思い出してくれたみたいだね』
人に忘れられたことなんて初めてだよと笑いながら、ロワは外套を脱いで棚に戻す。
『思い出してくれたところで、いい加減ソファに座ったらどうだい? 床は冷たいだろう?』
ロワは自分もソファに座りなおすと再度俺に席を勧める。
王に対するマナーが分からない俺は、素直に座っていいのか、座ってはいけないのか必死に頭の中で考える。
―― 客先の社長室に行ったとして……相手の社長が席を勧めたら座る、よな? じゃあ座るのが正しいのか……? いやでも相手は王だぞ……?
跪いたまま動かない俺を見て、ロワは少し溜息を吐きながら俺の腕を引っ張り、無理矢理向かい側の席に座らせる。
『トワ、そんなに緊張しなくていいんだよ? 嘘だったとはいえ、トワが私を友と言ってくれたのはとても嬉しかったのだから』
ロワは穏やかな笑みを浮かべながら、優しい声で俺に話しかける。
『う、嬉しい……?』
『そうさ。私を友と呼んでくれる人は、もう殆どいないからね』
俺がロワの言葉を繰り返せば、綺麗な笑顔が憂いを帯びたように少し歪む。
『だからトワ、私と本当の友人になってくれると嬉しいな?』
『あ、ハイ』
飛び切りの笑顔でロワに問われ、俺は脊髄反射的に頷く。
考えてみてほしい。自分の人生で出会った中で一番美しい……芸能人なんて目じゃない、神々しいまでの美しさをもつ人物に、笑顔で友人になろうと言われて頷かない人間がいるだろか?
いや、いない。
『……そ、即答だね』
流石に即答されるとは思わなかったのか、ロワが少し驚いたような、呆れたような表情で呟く。
―― 何より、友人になればあのオセロ大会で馴れ馴れしく話した件も、不問になるはず……!
俺はロワがフードの男だと分かった瞬間、一番恐ろしかったのは初めて会話した時のことだ。
親し気に話しかけてきたロワを知り合いだと勘違いし、敬語も使わずかなり馴れ馴れしく会話した覚えがある。更に俺の記憶が正しければ、質問攻めにもした気がする。
『ふふ、改めてよろしく、トワ』
『あ、はい。よろしく……お願いします?』
『ふっ……無理に敬語を使わなくていいよ』
俺がこの世界の敬語が苦手なことに気付いているのだろう。ロワは敬語も敬称も不要だと笑う。
『し、しかし……』
『本当にいいよ、敬語は聞き飽きているんだ。それに私達は友人、だろう?』
友人を強調するように強く言うロワからは、何故だかとても寂しそうな雰囲気を感じ、俺は慌てて返事をする。
『……分かった。よろしく、ロワ』
『うん。よろしく、トワ』
嬉しそうに……本当に嬉しそうに笑うロワの顔は、今日一番の笑顔だった。
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