第41話
『ロワ……? ま、まさかロワ王の招きだと……!? は、ハッタリを抜かすな!』
『ハッタリかどうか、試してみればいいだろ? まぁ責任を取るのはお前だからな』
―― 完ッ全にハッタリである。
今必死に考えた嘘だ。
平民より貴族が上の立場だと言うのならば、貴族より上の立場を使うしかない。
貴族より上の立場で名前の分かる人物が、ノイに来た当初ペールに教えて貰ったノイの王様…… "ノイ・グラン・ロワ" しかいなかったのだ。
奇跡的に "ロワ" と "トワ" で名前の響きも似ている。相手が俺を王族の関係者だと勘違いしてくれるかもしれない。
と言うか響きが似ているおかげで辛うじて記憶に残っていたので、たまたま似たような名前だったロワ王には感謝しかない。
これで相手が引いてくれれば一番良いのだが、もし引かなくても時間稼ぎになればその間に逃げられるかもしれない。
『は、ハッタリに決まっている! 何故王の客人が平民街にいるんだ!』
『ロワに頼まれた調査の一環だ。そんなことも分からないのか?』
―― ヤメテー! 深く突っ込まないでー!
正直俺はそんなに嘘が得意ではない。今にもボロが出そうで内心冷や冷やものだ。
『き、貴様ぁ……! 誰に向かってそんな口を聞いているんだぁ……!?』
『お前こそロワの客人である俺に、そんな口を聞いていいのか?』
逆上する豪華な服の男に、俺は精一杯の挑発をかます。
『ふ、ふん……! ハッタリかどうかは明日になれば分かる……』
『は、明日……?』
豪華な服の男が不穏な言葉を吐く。俺は思わず素で疑問を投げてしまった。
『おやぁ……? ロワ王の客人ともあろうお方がお忘れかなぁ? 明日は上級貴族と王族の会合の日だろぉ?』
俺の反応を見て、豪華な服の男が焦った表情から一転し、再び愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
俺はとにかく誤魔化さなければと適当に相槌を打つ。
『あ、あぁ……会合、会合ね。いや、ロワはそういう話を俺にしないから』
―― そういう話ってどういう話だ?
自分のあまりの苦しい言い訳っぷりに内心で突っ込んでしまう。
―― ヤバイヤバイヤバイヤバイ! 何でそんな会合が明日あるんだよ……!?
『じゃ、じゃあその時にでもロワに聞いてみればいい』
―― ヤメテー! 絶対聞かないでー!
『あぁ、そうさせて貰おう……』
豪華な服の男は俺のハッタリを見破っているのだろう。勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
『じゃ、じゃあ、そういうわけで今日はこれで……』
俺がそそくさと会話を終わらせ、何とか今日中に逃げようと思っていると、豪華な服の男はにやにやと笑いながら言葉を紡ぐ。
『いやぁ〜……ロワ王の客人だと分かったならば、我が屋敷で保護しなくてはなぁ』
心の中で何言い出してんだコイツ!と罵声を浴びせながら、必死に言い繕う。
『いや、本当そういうの……いいんで……』
『ロワ王の客人なのだろぉ? 遠慮なんてしなくていいとも』
『いや、本当、遠慮とかじゃないんで……』
『万が一! 万が一だが、ロワ王の客人と偽っていたとしたら……これは重大な罪だ!』
豪華服の男は演技がかった口調でオレを責める。
『私はロワ王に忠誠を誓うものとして、君がま、ん、が、い、ち! ロワ王の客人と偽っていた時の為に、身柄を確保しなくてはならなぁい』
『え……』
『これはロワ王への忠誠の証なのだよぉ?』
いや、お前絶対に王に忠誠誓うタイプじゃないだろ!と突っ込みたかったが、完全にこちらが不利な状況だ。
『い、いや……』
『連れて行け!』
反論しようとした俺を無視して、豪華な服の男が兵士に命令する。
縄を解かれることなく、俺はそのまま兵士に連れられホールの外へ引っ張り出される。
『と……トワ……!』
『トワぁ……!』
フレドとティミドが泣きそうな声で俺を呼ぶ。
『だ、大丈夫だから! お、俺、本当にロワに呼ばれて来たんだ! だから……その、大丈夫だから!』
二人を安心させようと、俺は嘘を重ねる。
―― 本気でヤバイ。何とか逃げる方法を考えないと……
必死に俺が無い知恵を絞っている間にも、豪華な馬車に乗せられ平民街が遠ざかっていく。
―― か、考えろ、考えろ、考えろ……!
俺は脳をフル回転させ、一つの言葉に辿り着く。
『あの……漏れそうなんで……降ろしてくれません?』
必死に考えた末、秘儀「トイレ行きたいんで降ろして下さい」作戦を発動した。
『すぐに到着いたしますので』
横に座っていた兵士が冷たく言い放つ。
『いや、あの、本当もう、限界なんで!』
『すぐに到着いたしますので』
『も、漏らすぞ!? ここで!? いいのか!?』
『すぐに到着いたしますので』
まぁ薄々予想はしていたが、この作戦は駄目そうだ。
ただ俺が恥をかいただけで終わった。
―― 本当にもう到着するのか……!? イチかバチか本気で漏らして、混乱に乗じて逃げるか……!?
殺されるよりは人としての尊厳を捨てる方がマシだと思い、かなり本気で覚悟を決めたその時、兵士が無情な言葉を吐く。
『到着いたしました』
縄が解かれないまま、馬鹿みたいに大きくて豪華な屋敷の前に降ろされる。
人としての尊厳を保てたのは良かったのだが、屋敷に到着してしまったのは最悪だ。
そのまま縄を引かれて屋敷の中に入ると、階段を上り客室のような場所に通される。
『この部屋を自由に使ってくれたまえぇ~? まぁ、使えるのは明日までだと思うがなぁ!』
高笑いを残して、豪華な服の男が去っていく。
本当に人の神経を逆なでする野郎だ。俺がもし本当にロワ王の客人だったとしても、この屋敷を滞在場所に選ぶことだけは絶対にない。断言出来る。
部屋に着くと兵士が縄を解いてくれた為、やっと身体の自由を取り戻すことが出来た。
俺は何とか平静を保ちながら、そっと部屋の中を見渡す。
『それでは、我々は部屋の前に待機しておりますので。何かあればお呼び下さい』
そう言って兵士達は部屋の扉を閉める。
―― 窓から飛び降りるか……?
部屋に一人取り残された俺は、何とか明日までにこの屋敷から脱出するため、まず窓を確かめる。
「クソ、嵌め殺しか……! 換気しないのかよ、この部屋!」
こちらの世界では窓ガラスに魔石が使われるため強度が高い。窓ガラス……正確には窓魔石を割って外に出ることは難しいだろう。
「せめて金具を外せたら……」
窓を固定している部分も確認するが、壁に直接埋め込む形で窓が設置されていため、窓ごと外すことも難しそうだ。
「正面突破、しかないか……?」
部屋中隈なく調査してみたが、出入り出来そうな場所は入ってきた扉しかない。
俺はぼそりと呟き、扉を見つめる。
―― とにかく勢いよく飛び出して……そのまま外へ突っ切る……!
覚悟を決めて扉を開けると同時に勢いよく飛び出すと、扉の前で待機していた兵士に即座に捕まった。
『明日まではこの部屋で待機して頂きます』
『あ、いや、その……トイレに、行こうと思って』
笑いながら誤魔化せば、無表情のまま『お供します』と言われ、屈強な兵士二人と連れションする羽目になった。
―― ですよねー……
兵士に見守られながら用を足し、さり気なくトイレの窓や屋敷の間取りを確認する。
トイレの窓も部屋と同じく嵌め殺しで、トイレからの脱出も難しそうだ。
更に、外に出れそうな場所は入ってきた入り口正面玄関のみで、その扉の前にも兵士が立っている。
俺がいる客室はの前にも今付き添っている兵士二人と、もう一人の兵士が立ち、客室から正面玄関へと続く道にも兵士が等間隔に配置されている。
―― いや、兵士配置しすぎだろ!? どんだけ金あるんだよ!?
正攻法での突破はかなり厳しそうだ。
そう判断し、俺は兵士を仲間に引き込めないか、話しかけてみることにした。
『あの……あなた方は平民が殺されることをなんとも思わないんですか?』
兵士は感情のこもらない言葉でただ一言『はい』と返す。
『何の罪もない人が殺されてもいいと……?』
『貴族に逆らうことが罪ですので』
兵士の冷たい反応に、これは情に訴えかける方向は無理そうだと判断し、脅す方向に切り替える。
『……ロワの客人である俺をこんな風に扱って、王族の怒りを買うとは思わないんですか?』
『雇い主の命令ですので』
『……命令なら、王の友人を罪人のように扱っていいと?』
『公平なロワ王でしたら、職務を忠実に全うした兵を罰するとは思えません』
『ろ、ロワは友人に甘い奴……だぜ?』
『私はロワ王がその様な王ではないと考えておりますので』
―― 無理ゲー。
俺は所詮上司と顧客にヘコヘコと頭を下げ続けた雇われシステム屋。営業職のように相手を納得させる話術なんてものは持ち合わせていない。
『……因みに幾らで雇われてるんですか? 俺、結構金持ってるんですけど、俺に雇われません?』
話術での説得を断念し、金での買収に切り替えてみる。
『部屋にお戻り下さい』
ドンと背中を押され、客室に放り込まれる。
―― 俺が本当にロワ王の客人だったらどうするつもりなんだ!
まぁ自分でも目の前にこんな奴がいたら「絶対に信じない」と断言出来るので、兵士を責めるのは筋違いと言うものだろう。
―― なんとか……脱出方法を見つけないと……
異世界生活431日目、俺は異世界に来てから最大のピンチに直面していた。
果たして俺はこの屋敷から無事脱出することが出来るのか……!?
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