第40話
いつもはコンサートホールでのびのびと綺麗な歌声を響かせスカートを翻している女の子達が、今は皆口をつぐみあられもない格好で跪かされている。
中でも顔の整った子は、豪華な服を着た男に好き放題身体をまさぐられていた。
「……な、何だよ、これ……」
俺は状況も忘れ、思わず日本語で呟きながら呆然と立ち尽くす。
『馬鹿、トワ! その方は貴族様だ!』
フレドの叫ぶ声が聞こえる。
―― 貴族? 貴族だからなんだよ……! 貴族だからってこんなことが許されるのか……?!
辺りを見渡せば、一糸まとわぬ姿の女の子達が今にも泣き出しそうな顔で無理やり笑顔を作っている。
身体をまさぐられている女の子は目に涙を浮かべ、苦痛に満ちた表情をしていた。
『あ~ん? なんだぁ? 貴様、卑しい平民の分際で……この私を前にして跪かないのかぁ?』
逆らえないと確信しているのか、豪華な服の男がにやにやと笑いながら挑発してくる。
『トワ、相手は貴族様だぞ……! 跪け……!』
フレドが小声で必死に俺を説得してくる。
こんな行為を同じ男として許したくないが、俺が反抗すればここにいる人達全員に被害が及ぶかもしれない。
『……貴族様と気付かず……大変、失礼致しました……』
俺はその場に跪き、頭を下げる。
『貴族様に無礼な態度を取ったこと……お許し下さい』
悔しさを抑え込み、俺は慣れない敬語で謝罪の言葉を口にする。
『はっはっは! ふん、まぁ良い。私は寛大な男だからなぁ……』
豪華な服の男が立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。
―― ガッ!
固いブーツで容赦なく顔面を蹴られ、俺は思わず体勢を崩す。
『はっはっは! まぁこれで許してやるさぁ』
豪華な服の男はグリグリと俺の頭を踏みつけながら、高笑いを繰り返す。
薄汚れたホールの床に頬を擦りつけながら、俺は必死に耐える。
『んん~? なかなかの上玉がいるじゃないかぁ』
豪華な服の男は俺から離れると、後方で跪いていたティミドに近づいていく。
『……きゃあぁっ!』
後方から押し殺したティミドの悲鳴が聞こえ、俺は思わず後ろを振り向く。
豪華な服の男がティミドの服の下に、無理やり手を入れようとしている様子が視界に飛び込む。
『はっはっは! 平民街には勿体ない上玉じゃないかぁ!』
『……うぅ……!』
ティミドは涙目になりながらも、叫び声を上げないよう、必死に自らの口を押えている。
『私の愛人にしてやろうかぁ? ん~?』
にやにやと笑いながら、豪華な服の男がティミドの服の下を好き放題に触りだす。
『……いやぁっ……!』
『あ~ん? 俺の愛人にしてやろうって言うんだ、平民にはこれ以上ない名誉だろぉ?』
ティミドが思わず上げてしまった叫び声と、豪華な服の男の弱者を甚振(いたぶ)るに楽し気な声音に、俺は堪忍袋の緒が切れる。
『やめろぉっ!!!』
俺は立ち上がり、豪華な服の男を無理やりティミドから引き剥がす。
『トワ!!!』
そんな俺をフレドが必死に止める。
「何で止めるんだよ!? ティミドが……! ティミドがあんな真似されてんだぞ!?」
俺は伝わらないにも関わらず、興奮して日本語で叫んでしまう。
『……と、トワ……私は、大丈夫だから……! 貴族様に、謝って……?』
あんなに辛そうな表情をしていたティミドまで、豪華な服の男を庇う。
―― 『ノイでは貴族が絶対なんだ』
―― 『……どうにもなんねーんだよ』
―― 『捕まるような真似を絶対にするな 』
―― 『……俺に、お前の首まで片付けさせるな』
皆に言われた言葉が頭の中を巡る。
―― クソ……! クソ……! クソッ……!
皆の命まで危険にさらすわけにはいかない。
だからこそティミドもあんな屈辱的なことをされても耐えているのだ。
俺がここで怒りに任せて暴れたところで何もならない。状況は悪化するだけだ。
『し……失礼、致しました……度重なる御無礼……お許し下さい……』
何も出来ない自分の無力さに歯を食いしばりながら、俺は再度跪き頭を下げる。
『汚らしい平民が高貴な私に触りやがってぇ!』
―― ガッ! ガッ! ガッ!
豪華な服の男は怒りに任せ、何度も俺の顔面を足蹴にする。あまりの痛みに呻き声を上げながら、俺は必死に衝撃に耐える。
『やめろ、だったかぁ……? よくも平民などという卑しい身でこの私に命令出来たものだなぁ!?』
―― ガッ! ガッ! ガッ!
魔力による肉体強化でもしているのか、普通の蹴りとは思えない、鈍器で殴られているような痛みに俺は意識が朦朧としてくる。
『き……貴族様の聞き間違いで御座いませんか!? 平民が貴族様に逆らうことはありません!』
豪華な服の男を止めようとしてくれているのか、フレドが必死に声を張り上げる。
『黙れぇっ! 貴様も私に逆らう気かぁ!?』
『も、申し訳ありません……!』
豪華な服の男は激昂したように叫び、フレドは再び跪く。
『貴様もぉ? 立場を弁えたかぁ?』
豪華な服の男は地面に倒れた俺の髪を掴み、顔の高さまで持ち上げる。俺の体重に耐えきれず、頭皮が引っ張られて髪の毛が何本も抜ける。
『……は……ぃ、たぃへん……もうしわけ……ありません……でした……』
俺は涙や鼻血でグチャグチャになった顔面を晒しながら、必死に謝る。
唇も切れ、歯も何本か折れているようで声が出しにくい。
―― 耐えろ、耐えろ、耐えろ……
自分に言い聞かせ、必死に謝罪の言葉を吐き出す。
『はっ! 馬鹿め、今更謝ったところで遅いがなぁ!』
正に愉悦の極みと言った表情で豪華な服の男が笑うと『お前たち、捕らえろ!』と後ろにいた兵士達に命じる。恐らく後ろの兵士はこの貴族に雇われているのだろう。
―― 不味い……!
逆らわれた瞬間から、豪華な服の男は謝罪しようが何しようがこうするつもりだったのだろう。
―― どうする……!? 考えろ、考えろ、考えろ……!
俺が焦っている間にも、兵士達が俺の体に縄を巻き付け、身動きを封じてくる。
『ト……トワ……!』
『トワぁ……!』
フレドとティミドが悲痛な叫びを上げる。
周囲の人達もざわざわと『お、お待ち下さい貴族様……!』『トワも反省しております……!』『どうか処刑だけは……!』と必死に豪華な服の男に縋りつく。
『ぃ……いいんだ、皆! 俺なら大丈夫だから!』
俺は口の痛みに耐え、何とか大声を出して皆を止める。
『はぁ~ん? 何が大丈夫なんだぁ? 貴様はも、ち、ろ、ん、処刑決定だぞぉ?』
馬鹿にしたような表情で、豪華な服の男がこちらを振り返る。
俺は顔の血と涙を拭い、折れた歯を吐き出して少し喋りやすくなった口で、ハッキリと断言する。
『お前に、俺を処刑することは、出来ない』
豪華な服の男は俺を睨みつけてくるが、構わず続ける。
『……俺はロワの招きによってこのノイに来た者だ。こう言えば理解して貰えるか?』
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