第6話
もちが仲間になって一週間が経った。
最初は、可愛い見た目の危険な魔物という可能性も捨てきれなかったため、もちを置いていこうとした。
しかし、俺が「付いて来るな」と言っても、もちは付いて来てしまった。それを何度か繰り返し、諦めてもちを連れて行くことにした。
今ではあの時もちを置いてこなくて、本当によかったと思っている。
「もちー……俺、帰れるかなー……」
「きゅー?」
「そうだよなー……もちにも分かんないよなー」
「きゅー!」
励ますように鳴いてくれたもちをよしよしと撫でる。もちは軽いので俺の頭の上が定位置になっている。
俺は相変わらず森を彷徨っているが、もちが仲間になってから俺の精神はかなり落ち着いた。
ペットと触れ合うことで幸せホルモンが分泌され、ストレスが軽減されることが科学的に証明されたらしいが、今それを身に沁みて感じている。
「ありがとなーもちー」
もちを撫で回せば、くすぐったいのかもちが俺の頭の上でもぞもぞ動き、その感触がちょっと癖になる。
……
本日何度目か分からない、もちと戯れている時だった。もちが突然興奮したように俺の頭の上で飛び跳ねる。
「ん? なんだ? もち? 興奮してどうした?」
こんなに興奮しているもちは初めてだ。もちはぴょんっと俺の頭から降りると「こっちこっち!」とでも言うように、俺を振り返りながら森の中を進んでいく。
「もちー? 街はそっちじゃないぞー? もちー? 戻ってこーい」
もちを追いかけながら呼びかける。もちを追いかけて10分くらい経っただろうか。
「きゅー」「きゅきゅー」「きゅー」
「きゅー?」「きゅー!」「きゅー」
もちと、もちの仲間と思われる大小様々な白い魔物がいる、開けた場所に出た。
「もちみたいなのが……いっぱいいる……」
……ここが楽園かな?
もちの仲間と思われる白い魔物は、見た目から "だいふく" と名付けた。
「……大福、食べたいなー」
思わず餡子を餅で包んだ和菓子の代表とも言える食品が頭に浮かんだが、必死に脳内から抹消する。
30匹くらいのだいふく達は、嬉しそうに鳴きながらもちと飛び跳ねている。
するとその中でも一際大きいだいふくが俺の方に近づいて来た。
「"ビックだいふく"……いや、"キングだいふく" だな……」
キングだいふくは俺の前に立つと、厳かな雰囲気で何か伝えてくる。
しかし残念ながら、キングだいふくも喋れるわけではなく「きゅー」と鳴き声を上げるだけなので、全く意味が分からない。
「え……えっと……」
俺が戸惑っていると、キングだいふくは一度俺から離れ、大きな紫色の角を咥えて戻ってくる。そしてぽとりと角を俺の前に置く。
「えっと……くれる……んですか?」
角を拾ってみると、キングだいふくはその通りと言うように頷いてくれる。
「あ、ありがとう……ございます……」
よく分からないが、俺の推察ではこうだ。
だいふく達は普段から群れで行動しているのだろう。もちは何らかの理由で群れからはぐれてしまい、お腹を空かせて死にかけていたのだと思う。
そこにたまたま通りがかった俺がもちを助け、群れの近くまで送り届けた。その行為に対し、キングだいふくは群れを代表してお礼をくれたのだろう。
俺が角を拾うと、だいふく達は俺を取り囲み、ぴょんぴょん跳ねながら嬉しそうに鳴く。更に、色んな実や小ぶりな紫色の角を俺の周りに次々に置いてくれる。
「えっと、くれるの……かな?」
何に使う物なのか見当もつかないが、綺麗な見た目なので宝石のような価値があるかもしれない。
それにお礼アイテムは大体が重要アイテムだと、相場が決まっている。
「ありがとう」
お礼を言いながら周りのだいふく達を撫でる。だいふく達も気持ち良さそうに、大人しく撫でられている。
その様子がとても可愛くて癒されるが、もちともお別れかと寂しい気持ちになる。接角仲間に会えたんだ、もちだって仲間達といた方がいいだろう。
「よかったな、もち。幸せに暮らせよ」
そっともちの頭を撫で、俺はだいふくの群れから離れる。
「きゅー! きゅー!」
もちは大きな鳴き声を上げながら、後ろから付いてくる。
「もち、お前の仲間はあっちだろ?」
しゃがんでもちを仲間の方に向かせてやり、そっと背中を押してやる。しかしもちは「きゅっ!」と短く鳴くと、俺の頭に飛び乗った。
「もち、お前……」
どうやらもちは俺に付いてきてくれるようだ。
「本当にいいのか……?」
「きゅっ!」
もちが力強く鳴いてくれる。
「ありがとう……もち」
もちをぎゅっと抱きしめると、もちも嬉しそうに「きゅー」と鳴いてくれる。正直もちにかなり愛着が湧いていたし、一人で森を歩く苦しみにはもう耐えられない。
折角もちの仲間が見つかったのだ。俺のどうなるか分からない旅に連れて行くより、無理矢理にでも仲間のところに置いてきた方がいいのは分かっている。
「ごめんな、もち……」
俺の罪悪感が伝わったのか、もちは腕の中から抜け出し、俺の頭の上でぽふぽふ優しく跳ねる。まるで頭をぽんぽん撫で、いい子いい子と慰めてくれているようだ。
「ははっ……もちは男前だなー! ありがとな、もち」
俺ももちの頭をぽんぽんと撫で、礼を言う。
「よし、じゃあ行くか!」
もちと共にまた街があると思われる方向に歩き出す。全身の疲れは取れないし、足は相変わらず痛いが、心は軽かった。
……
そしてもちと一緒に歩き続けること数日間。
俺達はとうとう道らしき、人の通った跡のようなものを見つけた。その瞬間の喜びようといったらなかった。
「………………道?」
「きゅ?」
「……これ道だよな……!?」
「きゅー?」
「道だ……! 道がある……! 道だぞもち!」
「きゅー!」
俺が喜んでいるのが分かるのか、もちも一緒に飛び跳ねてくれる。
なんとなく地面が踏み固められているだけの、道とは呼べないような、獣道のようなものだ。しかし、それまでは道らしきものすらなかったので、俺は必死にその頼りない道を進んで行く。
……
道を辿り続けること更に数日。
段々と頼りなかった道の幅が広がり、周りの大きな木が減り、開けた場所に出た。
そう、俺達はとうとう森を抜けることが出来たのだ。
幸いなことに、俺を森の外まで導いてくれた道は、そのままずっと先まで続いていた。道があるということは、きっと人里にも繋がっているのだろう。
俺はこの何でもないただの道が、まるで元の世界に帰る希望の道標のようにも感じた。
記念すべき異世界生活100日目、俺達はとうとう森を脱出した。
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