【自主企画参加用】私の選抜エピソード

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いつか女性主人公の仮面ライダーが出るかもね(【モジシャン】より)

 7月8日。午後2時50分。


 乃々ののはメッセージで宣言したとおり、あの喫茶店に来ていた。楽しそうに会話する若いカップルが多いこの店では、暗い顔をしながら1人でポツンと待っている乃々ののは浮いていた。


 勇助ゆうすけのことを思い出してしまうからこのカフェを利用するのもこれで最後にしよう、と乃々ののは思っていた。


「このお店、お気に入りだったのにな……」


 それもこれも全て勇助ゆうすけのせいだ。昨日のアニバーサリーケーキが無駄になったのも、乃々ののがこの店のデラックスパフェが食べられなくなるも、全て勇助ゆうすけが彼女との約束を蔑ろにし、怪人なんかの写真を撮っていたからだ。


 一体どんな言葉で勇助ゆうすけを責めてやろうか、と乃々ののは最後になるであろうデラックスパフェを食べる。


 時計の長針と秒針が12を指そうとした。


 その時だった。


 店中のスマホのアラームが鳴り響いた、まるでアブラゼミが命を燃やしながら鳴くように。


 この音は緊急地震速報ならぬ緊急怪人速報のアラーム。


 近くで怪人が出没したのだ。乃々のののスマホも恋人達のスマホも店員のスマホも、全てのスマホ達が持ち主に危険を知らせるため声を上げる。


『民間人の皆さんは警察の指示に従って非難してください!』


 外ではすでに警察機動隊が人々の避難誘導を行なっていた。さすが日本の警察は優秀だ、仕事が早い。


 カフェの店員達も客達を外に誘導していた。

 乃々ののも人々の流れに従って店の外に出る。


 その時、彼女の脳裏にある疑問がよぎった。


 勇助ゆうすけはどうしているのだろう、と。

 勇助ゆうすけも避難しているのだろうか、それともまた写真を撮りに現場へ向かっているのだろうか、と乃々ののは考えた。


 もし後者なら、と思うと彼女の中で怒りがこみ上げてくる。こんな大事な時に、自分の彼女が別れ話を持ち出しているという時に、怪人の撮影を行っているのだろうか。


「……よし」


 あることを決意した乃々ののは、避難する人々とは逆方向に走り出す。


 彼女は決めた、怪人のいる現場に行こうと。そして、もし勇助ゆうすけがのん気に撮影を行っていたら、彼の頭を張り倒してカメラを壊してやろうと。


 建物の陰に隠れて機動隊の目を欺きながら、怪人が起こしているであろう破壊音を頼りに進む乃々のの


 そしてたどり着いた、怪人のいる広場に。


 今まで怪人はテレビのニュースや勇助ゆうすけの写真で見てきて、生で見るのは乃々ののにとって初めてだった。


 禍々しい身体、恐ろしげな顔。動画や写真では絶対に感じられないであろう、リアリティを醸し出していた。


 また、あの怪人が破壊したであろう建物の残骸や瓦礫が、やつの物恐ろしさを引き立たせていた。


 ふと我に返った乃々ののはブンブンと頭を振る。彼女は怪人の観察をしに来たのではない。ここに勇助ゆうすけがいるかどうか確かめに来たのだ。


 乃々ののは辺りを見回す。目を細めてジーっと周りを観察する。


「……!」


 そして彼女は見つけた。自分の恋人を。正確には元恋人になる予定の男を。


 江角えすみ勇助ゆうすけだ。彼はゆっくりと物陰から現れ、怪人と対峙する。


 勇助ゆうすけと怪人の距離はおよそ10メートル。こんなに近づいていたら、とても危険だ。他人が見れば心配するところなのだが……。


「(勇助ゆうすけのやつ、こんな時まで写真なんて……!)」


 懸念よりも憤怒の方が彼女の心を支配していた。


 勇助ゆうすけは怪人を撮影するため、懐から愛用のカメラを取り出……さなかった。


 彼が取り出したのはカメラには似ても似つかない、奇妙な機械だった。


「まったく、こんな時まで……。これじゃあ、あいつに愛想付かされても仕方ないな」


 そう呟きながら勇助ゆうすけはその機械をへその位置にかざす。すると、機械からベルトのようなものが出現し、彼の腰に巻きつく。


「変、身!!」


 力強くそう言いながら、勇助ゆうすけは赤いボタンを親指で押した。


 ――トメル! ハネル! ハラウ! レッツ、カキトリ!!――


 機械から軽快な音楽を音声が流れると同時に、どこからともなく現れた無数のメカが勇助ゆうすけの身体を覆う。


 そしてメカ達は、まるでヒーローが着るようなアーマースーツになった。


 いや、まるで、ではない。あの装甲に乃々ののは確かな見覚えがあった。


 以前、テレビのニュースで見たことがあった。青で着色された和風チックなデザインの装甲。あれは正真正銘、この町を怪人の魔の手から守っていた、ヒーローの姿だ。


「なんで勇助ゆうすけがヒーローに……?」


 今目の前で起こった現象に、乃々ののの脳は追いついていなかった。


 なんとか冷静に判断して、彼女は一つの結論に至った。


「ヒーローの正体は、勇助ゆうすけ


 結論から言えば、そのとおりだ。


 フォトグラファー江角えすみ勇助ゆうすけは世をしのぶ仮の姿、その正体は怪人から町を守るヒーローである。


「まだ全快じゃないが、この後好きなやつと約束があるのでね。速攻で決めさせてもらう!」


 ヒーロー勇助ゆうすけが怪人に向かって飛び掛る。彼は右腕で殴り、脚で蹴りを喰らわせたり、敵にダメージを与えていく。


 乃々ののはこの瞬間、理解した。


 勇助ゆうすけは単に写真を撮るために自分との約束に遅れたのではない、町を守るために戦っていたのだ。撮影というのも嘘だったのだ。


 それに気付いた乃々ののは、膝を地面に着けた。自分はなんて身勝手なのだろうと、絶望した。


「(勇助ゆうすけはわざと約束をすっぽかしていたんじゃない、平和を守るために戦っていたんだ。それなのに私は勇助ゆうすけを責めて、ヒステリックになって……)」


 乃々のの勇助ゆうすけのことを理解していた。


 いや、理解しているつもりだった。


 だが結局のところ、彼氏のことを何も分かっていなかったのだ。


「来い、キーメイスきーめいす!」


 ヒーローがそう叫ぶと、どこからともなくメイス――頭部が4方向に尖っている棍棒のような鈍器――が現れ、勇助ゆうすけはそれを右手で掴む。


 キーメイスきーめいすと呼ばれる武器を片手で振り回し、勇助ゆうすけは怪人に攻撃する。


 棍棒の頭部が敵に衝突するたびに、ドゴっドゴっと鈍い音が鳴り響く。重い打撃を喰らって、怪人の足取りがふらついている。


 その隙を、ヒーローは見逃さなかった。


「トドメだ!」


 勇助ゆうすけはベルトの青いボタンを押す。


 ――テンサク、フィニッシュ!!――


 再びベルトから軽快な音声が発せられると、キーメイスきーめいすにエネルギーが溜まる。それを表すかのように、鈍器の頭部にバチバチと火花が舞っている。


「必殺、キーボンバー!!」


 キーメイスきーめいす勇助ゆうすけは身体全体を使って振り回し、敵に向かって振りかざす。轟音と共に鈍器が怪人に命中する。


 怪人の身体は爆発。メラメラと炎が燃え上がる。


「ふぅ、添削てんさく完了っと。……あいつ、今頃怒っているだろうな」


勇助ゆうすけ!!」


 今までずっと物陰から覗いていた乃々ののが、勇助ゆうすけの目の前に姿を現す。


 彼女の姿を見た勇助ゆうすけは驚きを隠せなかった。


「私、勇助ゆうすけのこと何も分かっていなかった……それなのに」


「そんなことよりなんでここにお前が――」


 その時だった。燃え上がる炎の中からさっきの怪人が現れた。まだ完全に大破してなかったようだ。


「っ!! 勇助ゆうすけ後ろ!!」


 慌てて乃々ののはヒーローに危機を知らせる。


 しかし、一瞬遅かった。


 怪人はその鋭利な爪で勇助ゆうすけを切り裂いた。


 勇助ゆうすけは苦痛の叫びを上げながら、その場に倒れこむ。


 敵の攻撃のダメージが大きかったのか、勇助ゆうすけの変身が解けた。


 そしてベルトに付いていた機械が乃々ののの足元に転がる。


「うぐぅう」


 変身の解けた勇助ゆうすけの左腕から痛々しいほどの血が流れていた。


 さきほど勇助ゆうすけは『全快ではない』と言っていた。それはまだ左腕が完治していないことを指していたのだ。


 その証拠に彼はさきほどから右腕や脚ばかりで攻撃し、左腕を庇いながら戦っていた。


 乃々ののはそれに気付いた。


「どうしよう、私のせいだ」


 彼女は激しく後悔をした。自分がいきなり勇助ゆうすけに話しかけなければ、彼は敵の攻撃を受けずに済んだのかもしれない、乃々ののはそう思った。


 言うまでもなく、勇助ゆうすけが攻撃を受けたのは、決して乃々のののせいではない。


 勇助ゆうすけは焦っていたのだ。


 早く敵を倒して乃々ののに会いに行こう、と思っていた。


 だから力が空回りし、敵を完全に仕留めていないことにも気付かなかった。

 

 昨日の左腕の負傷も同じ理由。早く待ち合わせ場所に向かうために焦って怪我をしてしまったのだ。


 全ては勇助ゆうすけの自業自得なのである。

 

 しかし乃々ののは自分のせいだと思った。


 自分が勇助ゆうすけに声を掛けたせいで彼に隙が生まれたと悔い、自分が昨日ケーキを投げつけたせいで勇助ゆうすけの怪我の回復が遅れたと自分を恨んだ。


 乃々ののは後悔の念から俯く。


 彼女の目線の先には、勇助ゆうすけが変身に使ったアイテムが落ちていた。


 彼女は考える。今、自分にできることは何だろうか。


 勇助ゆうすけに謝罪をすること?


「違う」


 彼に今まで奢ってもらった額を返すこと?


「違う」


 怪人の気を引いて、勇助ゆうすけを逃がすこと?


「違う!!」


 彼女が選んだ、今自分にできることは……。


「こっちを見なさい化け物!!」


 乃々ののは奇妙なアイテムを拾い上げる。


「よせ乃々のの! それはお前には扱えない!!」


 勇助ゆうすけの制止は彼女の耳には届いていなかった。


 乃々ののはアイテムを腰元にかざす。すると勇助ゆうすけの時と同じようにベルトが巻き付き、彼女の腰元に装着される。


「変身!!」


 掛け声と共に乃々ののは赤いボタンを押す。


 ――トメル! ハネル! ハラウ! レッツ、カキトリ!――


 定例の音声と共にアーマーが出現に、彼女の顔と身体に装着される。勇助ゆうすけの時は青色だったが、今回は暖色の赤がベースの装甲だった。


「嘘だろ、なんで……」


「私の彼氏に何すんのよ!!」


 変身した乃々ののは、さながらプロレスラーのような華麗なドロップキックを怪人に浴びせる。怒りのこもった蹴りを喰らって、怪人は10メートルほど吹き飛ばされる。


勇助ゆうすけ大丈夫!?」


 乃々のの勇助ゆうすけに駆け寄る。


 彼は左腕を押さえているが、命に関わる怪我は負っていない。そこは乃々ののもホッとする。


乃々のの。お前なんで……」


「待ってて! あの化け物を倒してすぐに病院に連れて行くから!!」


 彼女は怪人に対峙する。怪人の方はドロップキックを喰らったが、それほどダメージを負っている様子ではなかった。


 怪人が乃々ののに向かって飛び掛ってくる。乃々ののもそれに対して走り出す。


 相手の爪を用いた切り裂き攻撃を、乃々ののは女性特有の柔軟な動きでかわす。


 敵の攻撃が空振り、隙ができた瞬間を狙って、乃々ののは怪人の腹部や顔に打撃を喰らわせる。


「凄い……! このスーツ、滅茶苦茶パワーが溢れてくる!」


 女ヒーローはぐっと拳を構える。


 敵が攻撃してきたらそれを避けて、その隙に攻撃をする。乃々ののはこの戦法を取った。自分ダメージを受けずに、相手に少しずつダメージを与える。


 しかし、どういうわけか敵は全く怯んでいなかった。


 それどころか全然ダメージを受けていないようにも見える。男の勇助ゆうすけと女の乃々ののでは攻撃力に差があるのか、それとも怪人の防御力が高いのか、とにかく怪人にダメージはほとんどなかった。


「私のパンチやキックじゃダメージが無い。だったら……来て、キーメイスきーめいす!!」


 乃々ののキーメイスきーめいすを呼ぶ。


 さっき勇助ゆうすけの変身が解けた際に、武器も消失していた。それを、乃々のの勇助ゆうすけがさきほどやったように、呼び出す。


 女ヒーローの声に反応し、キーメイスきーめいすは……現れなかった。


「え、なんで……」


 武器が出てこなかったことに動揺した乃々ののに、怪人が攻撃してくる。


 彼女は慌てて態勢を立て直し、その攻撃をかわす。


「なんで。なんで出てこないの!?」


『ふむ、どうやら“カタカナかたかな”は使えないようだな』


 突如、腰に着けた謎の機械から、声がした。


 この声は勇助のものではない、もちろん怪人の声でもない。


「ベルトが喋った!? ベルトさん!? クリム・スタインベルト!?」


『落ち着きたまえ。そのベルトには通信機能が備え付けられている。私は離れた場所から音声を飛ばしているだけだよ』


「あ、あなたは一体誰なんですか!?」


 乃々ののは怪人の攻撃を器用にかわしながら、正体の分からない声に話しかける。


『だから落ち着きたまえ。私はそこに転がっている江角えすみ勇助ゆうすけくんの知り合いだ。それこそ、泊進之介とクリムのような関係さ』


 つまりは勇助ゆうすけ味方というわけだ。通信を通してはいるが、喋り方から察するに、どうやら乃々ののより年上の男のようだ。


『今は私のことはどうでもいい。それよりその化け物を倒す方法を教えよう』


 男はとても冷静な言葉遣いで、乃々ののに助言を与える。


『いいかね? その怪物は不死身ではない。そいつの正体は言ってしまえば、水、だ。攻撃が当たる瞬間に身体を液状化させて、衝撃を受け流しているだけさ。だが今までの戦いを観察するかぎり、液状化するのは一瞬だ。フェイントをかけて攻撃を当てれば倒せる』


 どうりでダメージが全然無いわけだ、と乃々ののは理解する。


 さっきの勇助ゆうすけキーメイスきーめいすによる攻撃も、身体を水に変えて受け流していたのだ。


『そのベルトの青いボタンを押したまえ。そうすれば相手を倒すだけのエネルギーが溜まる』


「で、でも私には武器が……」


『安心したまえ。エネルギーは変身者の任意の部位に溜まる。右拳でも左脚でも好きな場所を選ぶといい』


 乃々ののは、青いボタンを押すと武器にエネルギーが溜まる、と勘違いしていた。


 だが実際は違う。


 この男が話しているとおり、青いボタンを押すとエネルギーは使用者の脳が思い浮かべた身体の部位に集中する。勇助ゆうすけは腕を通して、キーメイスきーめいすにエネルギーを溜めていただけなのだ。


『だが気をつけたまえ。攻撃が空振りした場合、エネルギーは暴発するからね』


「とにかく、青いボタンを押してフェイントをかければいいのね。分かったわ!!」


 乃々ののはエネルギーが右脚に集中するのをイメージして、青いボタンを押した。


 ――テンサク、フィニッシュ!!――


 彼女のイメージどおり、右脚にエネルギーが溜まる。乃々ののはそれを身体で感じる。


『あ、そうそう。必殺技時に技名を言うのを忘れないように』


「え、そんな急に言われても!!」


『ほらほら、早くしないと力が暴発するよ?』


「え、じゃ、じゃあ……フェイクキック!!」


 乃々ののは即席の技名を叫び、怪人に向かって攻撃を……すると見せかけて、一瞬蹴りを止める。


 その時、怪人は自身の身体を液状化されるが、一瞬で元に戻った。


 敵の身体が元に戻った瞬間を狙って、乃々ののは回し蹴りを喰らわせた。


 怪人の身体は爆発し、今度こそ大破した。


『ナイスドライブ、見事だよ。ベルトを外したまえ、そうすれば変身も解ける。……そうそう、江角えすみくんに伝えておいてくれ。“石”を回収するのを忘れるな、とね』


「ま、待ってください! あなたは一体……」


 乃々ののは男の名前などを聞こうとしたが、通信はそれで途絶えてしまった。


 彼女は男が言ったとおりにベルトを外し、変身を解いた。


 ふと乃々ののは自分の身体を見回す。勢いで変身して怪人を倒したことを、乃々ののは夢のように思えた。


 しかし、これは現実。乃々ののが変身をして、怪人を倒したのだ。


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