少年は今日も◯◯を待っている

木沢 真流

プロローグ

少年はそこに立っていた

 信号が青に変わる。

 ゆっくりとアクセルを踏み込むと、車のディスプレイに「ECO」のマークが浮かび上がる、少し嬉しい。

 数年前、スポーツカーを乗り回していた独身時代の私からは想像できないくらい、優しいアクセルワークだ。

 助手席にいる妻にちらっと目をやる。妻は窓の外をただじっと見つめていた。そんな横顔を少し眺めてから、私はそれとなくこう問いかける。

「温度上げていい?」

 エアコンの温度調整一つ一つにも一応お伺いをたてる。こういう気配りが大事なんだ、とこの前先輩からもらった「男女の違い」うんたらかんたらの本に書いてあった。

 うん、妻からのその答えを聞いてから、私はカーエアコンの温度を2度上げた。


 今宵は今年一番の寒さらしい。北国では雪下ろしの際の事故も含めて死者も出ているとのこと。どうりで寒さが痛いわけだ。


 そんな凍てつくような闇の中、私の車は突き進んでいた。

「あそこの、セブンファイブ、寄ってくれない?」

 妻のその言葉が私の耳に届くのと同時に、私の視線の先に一つの明かりが浮かび上がる。コンビニエンスストア、セブンファイブの明かりだ。

 駅前から少し離れると、ここらへんは一気に人通りが少なくなる。そんなどこか寂しい帰り道にも、このセブンファイブの明かりはいつでも僕らにほっとした暖かさをくれる。

 その昔、朝7時から夕方5時まで開いていたのがその名前の由来だとか。今は24時間営業だけれども。

 また看板にある緑の意味は「砂漠のオアシス」。特にこんな人気の少ない地域では、どこかもの寂しい砂漠のような孤独の空間に、そのオアシスというイメージが思わずしっくり来るものだ。

 セブンファイブに向かって、すっと車を滑り込ませて行くと、そのまま美しく私の車は駐車場にすっぽりとはまった。

「ちょっとお茶買ってくるね」

 その妻の声を左耳で聞きながら、私はどうもさっきから気になることがあった。


 少年。


 セブンファイブの明かりを背に、その姿全体が影に隠れ、表情すらも伺えない少年は、腰を丸め、少し震えながらも店の前に立っていた。


 誰かを待っているのだろうか? 


 こんな寒い日に好きで立っていることはないだろう、風邪をひくのも時間の問題だ。

 

 では一体誰を?


 そういえば、この前読んだ「小説の書き方」の本に、日常の何気ない物語を想像することで、小説を書く腕を磨ける、とあった。早速やってみよう、一体彼は誰を待っている? そしてその先にあるものは?

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