2話:寿司(カルシウムとタンパク質付)
スマホで検索したが、大型の寿司を作ってくれる店はないようだった。
「巨大 寿司」で検索した。
いくつか、ヒットした。
しかし、それは人間サイズで巨大なのであって、妹には小さ過ぎる。
柿の種とピーナッツのようなものだ。
妹は全長12メートル。体重7トン。
チラノサウルスは、生きている間ずっと成長するらしいので、中学生、高校生となればもっと大きくなるだろう。
そして、次の問題だ。
妹が入れる大きな店があるかどうかだ。
寿司屋に行って、妹だけ外で食べさせるというみじめな思いはさせたくない。絶対にだ。
スマホで店を検索したが、妹が入れそうな店は、山口県にあるだけのようだった。
千葉から山口まではさすがに行けない。遠すぎる。
いまだに、日本はマイノリティーに厳しい社会なのだと実感する。
「どうすっかなぁ……」
仕方なく俺は千葉県船〇市内の寿司屋で「バリアフリー」の店を検索した。
店に電話して相談することにした。
最初の店の人は親切だった。
事情を説明すると「妹思いのお兄さんだねェ」と感心された。
たった一人の肉親なのだ。妹のためにできることはやってやりたいのだ。
この店の人は、自分の店では、できないが出張して自宅で寿司を作ってくれるサービスがあるということを教えてくれた。
寿司職人の出張だ。
なるほど、それなら、問題ない。
高張力鋼で囲まれたリビングなら、妹もくつろいで寿司が食えるのだ。
「寿司職人出張」で検索した。結構あった。
俺はさっそく電話した。
◇◇◇◇◇◇
「お兄ちゃん! 今日の晩御飯はお寿司なんだね!」
鋭いナイフのような爪の生えた小さい前足をパタパタ振った。
うれしいと前足を振るくせがある。可愛い妹だ。
「ああ、そろそろ、職人さんが来るんだけどな」
晩ごはんというか、妹は1日1回しか食事をしない。
これは、代謝効率の違いだと医者が教えてくれた。
妹も一応、恒温性の動物なのだが、体が巨大な分、代謝効率がいい。
1回の食事量は多いが、1日食で済んでいる。
学校の給食も本当はいらない。
ただ、学校側では「食育」という観点から、食べさせようとした。
ただそれも小学校1年でなしになった。
教室で、チョロチョロ動いた子どもが妹に襲撃されたからだ。危うく食われるところだった。
チラノサウルスの食事の時に周囲でうごいては行けない。食われる。
それ以降、妹は給食を食べなくていいことになった。
以前、そのことを気にしてないか訊いたことがあった。
「昼休みが長くてうれしい!」
妹はそう言って、爬虫類の笑みを浮かべた。
いや、チラノサウルスは爬虫類じゃないか……
妹は、爬虫類扱いされると怒るので「爬虫類」は禁句だった。
しかし、そのときの妹の笑みは、兄に心配をかけまいとする精一杯の笑みだったのかもしれない。
妹にはもう俺しかいないんだ。
「すいません。寿司職人出張サービスっす!」
「あ、来た! お兄ちゃん」
妹の尻尾が立った。
頼んでいた出張の職人さんが来た。
俺は、寿司職人さんを家に招き入れた。
「わーい! お寿司! お寿司! お寿司! お兄ちゃん! お寿司!」
妹が興奮してソファーの上で飛び跳ねた。
7トンの巨体で、ソファーが軋み音を上げた。
戦車のスプリングなので大丈夫だと思う。
「元気な妹さんすッね!」
寿司職人は妹を見上げた。
「すいません。落ち着きなくて。小学生で、子どもだから……」
「もう! お兄ちゃんは、すぐ子ども扱いする! プンスカ!」
「いや、可愛いじゃないっすか」
寿司職人さんだ。
人のよさそうな。そして爽やかな――
若いお兄さんだった。
彼は、俺ににっこりと笑った……
「どうしたんすか? 真っ赤になって」
「いえ…… あの、普通のキッチンで大丈夫ですか?」
俺は彼に訊いた。
寿司をつくるのに特別なものは我が家には無いからだ。
「大丈夫っすよ! ネタはあらかた切ってありますし、米も炊いてもってきましたんで」
威勢のいい寿司職人さんだった。溌剌とした、まるで初夏の風のような空気をまとっている――
「さあ、早くシャリとネタ運んで! お客さん待たせちゃいけねーっすよ!」
職人さんは外でガタガタやっている人に命令した。
雑用係か何かの店員が、5~6人いた。
ミカン箱くらいあるようなアルミのケースを何個も運び込んでくる。
「こっちが、シャリで、こっちがネタっす」
きちんと説明してくれた。
そして、巨大なまな板のような板が持ち込まれた。
工事現場で使われる合板のようなサイズの板だ。
「じゃあ、握りますんで!」
「え、握ってくれるんですか?」
このサイズのおにぎりを前もって作っておいて、下ごしらえだけしたネタを乗っけて終了かと思っていた。
ちゃんと握るのか……
「ちょっと待って下さい、スマホもってきますんで。あ、撮影……」
「いいすっよ! アッシの店も宣伝になりますからねッ!」
なんという気風のいい職人なのか、俺はこの人が――
「なに、お兄ちゃんたら、赤くなってんの?」
巨大な口から牙をむき出し妹が笑いながら言った。
「ばか! いいだろ!」
俺は他人とはちょっとだけ、恋愛対象が違う。ほんのちょっとだ。
「んじゃ、やりますか? ネタは前もって、電話で伺っていたものでいいっすかね?」
そう言うと職人さんは流れるような手さばきで巨大な寿司を握った。
サイズで言えば、普通の雪だるまくらいある。
「じゃ、まずはジンベイザメっすね、あ、サビは、どうしますか?」
「抜きで――」
「もう、お兄ちゃんたら、子ども扱い! 大丈夫だからね! もう」
「分かってるね! やっぱジンベイザメにはサビが無いといけねーや」
ニッコリと笑うと、職人さんは、容器からわさびを両手にのせ、シャリの上にのっけた。
てんこ盛りだった。こんなワサビの塊は初めて見た。
ジンベイザメの切り身がのっかり、巨大な寿司が完成。
もう一貫がにぎられた。
巨大な握り寿司二貫が板の上にならんだ。
「――」
「どうしたんすかっ?」
妹は無反応だった。
不思議そうに職人さんは言った。
アッ! しまった!
「すいません! 妹は動いている物じゃないと食べ物と認識できないんです! すいません!」
俺はペコペコ謝った。
何という迂闊なことか……
寿司は動かない。一部には回転する寿司があるが、自宅では無理だ……
しかも、こんな腕のいい職人さんの寿司を回転させるわけにはいかない。
「あ~、そうなんだ。いるよねぇ、そう言う女の子は、んじゃ、アッシが動かすっすよ!」
職人さんはそういうと、握り寿司二貫をラグビーボールのように抱え、リビングをダッシュした。
「アッ! お寿司! お寿司だ!」
妹の前足は風を切って動く。
「うぎゃぁぁぁ!!!!」
背中から袈裟懸けに切り裂かれた職人さんが叫んだ。
「わぁぁ!! 美味しそう! いただきます!」
妹が巨大な口を開け、一気に職人さんごと、口に咥えた。
鮮血がリビングに飛び散る。
妹の口からはみ出た、寿司職人の脚がバタバタしていた。そして止まった。
で、口の中に消えていく。
むちゃむちゃ――
ガリガリ――
もにゅもにゅ――
妹の咀嚼音がリビングに響いた。
「わーい! お寿司美味しい!」
妹はうれしそうに前足をパタパタさせていた。
俺の恋は一瞬で終了したが、妹の笑顔が救いだった。
当然、スマホで撮影していた。
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