第13話

「そんなに怒らないで、機嫌を直してよ。ね?この通り。」


俺は下手に出てタジマに頼み込む。そのしぐさが癇に障ったのか、タジマはぷいっと顏を横にそらした。


「嫌です。」

「そこを何とか。」

「知りません。」


俺の適当なホラ話を信じてしまったのが恥ずかしかったのか、タジマは頑なに俺の謝罪を拒む。

まいったな、このまま謝り続けても許してもらえそうもない。ここは話を逸らすことにするか。


「タジマさん!」

「は、はい!?」


俺は突然大声でタジマの名前を呼ぶ。タジマは飛び上がるのかと思うほど、激しく動揺しる。単純な奴だぜ。


「実はタジマさんに聞きたいことがあるんだ。」

「聞きたいこと…ですか?」


俺が改まった態度で質問したせいためか、タジマは真剣な表情で俺に向き直る。

これは先のことなんて、完全に忘れたなチョロいぜ。


「聞きたいこと。それは…。」

「それは?」

「それは、後にしよっか?料理来たみたいだし。」


俺を食い入るように見つめていたタジマは、肩透かしを食らったのかあっけにとられた顔になる。あぜんとするタジマを尻目に、俺は素知らぬ顔でウェイトレスに応じていた。


「いただきます。」

「…いただきます。」

「それで、私に聞きたいこととは何だったんですか?」

俺たちはそろって、昼飯に手を付ける。食べ始めてからしばらくしてタジマはおずおずとそんなことを言い出した。さすがにそこは覚えているか、まあ適当に質問でもしておけばいいだろ。


「ああ、なんてタジマさんは図書館にいたのかなって。俺はあんまり来ないんだけど。タジマさんはよく来るの?」

「そんなことですか?」


俺の質問を聞いて露骨に安心したような表情を浮かべるタジマ。いったい何を聞かれると思ったんだ?


「気になってさ。よく来るの?」

「はい。そのよく本を借りるので。」

「本?そういえば、バイト中よく本読んでるよね。本好きなんだ?」

「はい。…本を読んでいる間だけ、忘れられるから…。」


不意に表情を曇らすタジマ。まずい何か地雷を踏んだか?早いとこ軌道修正をしなければ。本が好きなのは確かみたいだし、ここは…。


「よかったらなんだけど…。」

「?」

「おすすめの本とか紹介してもらえないかな?俺、あんまり本読まないからさ。面白いものがあれば読んでみたいなって。」

「そうなんですか?」

「ああ。」

「それなら…。」


タジマはおずおずと言った様子で、おすすめの小説について話し始める。俺は励ますように笑顔を浮かべるのであった。


**********


「それでですね、少年たちは丘に上がるクジラを見るために、夜の家を飛び出したんです。暗闇を進む少年たち。不意にトニーがあることに気が付くのです!なんだと思いますか?」

「…なんだろう?」

「クジラがいないだなんて、神父様はうそつきだ。みろよこの足跡を!僕らの…いや父さんよりもすっと大きい。クジラはいたんだ!って。」

「…そうなんだ。」


熱に浮かされ一方的に語りかけてくるタジマ。俺はそんなタジマのテンションについて行けず、疲れたように適当な相槌を返す。

昼飯なんてとっくの昔に食べ終わってる。いつまでつづくんだ?クジラが陸に上がったら自重で骨折するなんて言ったら、タジマはどんな反応をするだろう。

俺はたまらず、タジマの勢いに水を差そうと試みる。


「た、タジマさん!ちょっといいかな?」

「どうしたんですスドウさん?これからがいいところ…。」

「いや、俺も続きを聞きたいんだけどね。この後、約束があるんだよ。」

「そうなんですか?」


タジマはまだしゃべり足りないといった様子で、しゅんとなる。こいつ意外とおしゃべりなんだな。


「ホントごめん。そろそろいかなくちゃいけないんだ。」

「謝らないでください。私こそ、一方的に話してしまって…。」

「どうしたの?」


言葉に詰まるタジマを不思議に思いそう訊ねた。タジマはためらいがちに答える。


「いえ、スドウさんが本当に話しやすかったら…。こんなに話したのは久しぶりでした。」


タジマはためらいがちに答えた後、微笑みを浮かべる。


(笑うと可愛いじゃないか。)


俺はその笑顔見て、そんなありきたりな感想しか思いつくことができなかった。


***********


「それじゃ、ここで。」

「待ってください。」


俺はタジマに別れの挨拶を告げこの場を去ろうとする。しかしタジマはそれを遮ると一冊の本を俺に手渡してきた。


「これは?」

「私のおすすめです。読んでみてください。」


どこか古びた単行本をいぶかしげに眺める俺に対し、タジマは笑顔でうなづく。俺もそれに応じうなづくとタジマは満足げな顔で答えてきた。俺はタジマに別れの挨拶をするとその場を後にする。

一人帰る路地の道筋で、俺はなんだか心が軽く弾むような感覚を得るのであった。

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