第4話

今日も今日とて、不快なアラーム音に起こされた俺はバイト先へ向かう。


「おはようございます。」


いつも通りの挨拶をして、レジ前を通り過ぎる。タジマの奴もいつもの通りこちらを一瞥する。

ただそれだけだ、俺を見て動揺するそぶりはない。昨日のぶつかった相手が俺だとは気が付いていないのだろう。

俺は何となく、安心するような心地になった。


(余計な面倒はごめんだからな。)


控え室で着替えた俺は、作業状況についてタジマに確認し、粛々と作業を続けた。

気が付いたら時刻は0時過ぎだ。店内に客はいない、タジマは既に控室で待機している。俺も控え室に引っ込むことにしよう。

控え室に入った俺はいつも通り、支給品の缶コーヒーを手に取り、監視モニターの前に陣取る。甘いコーヒーを口にしながら、俺は無人の店内をただ眺めるのだった。


(そういえば、なんでタジマは泣いていたんだ?)


いつのまにか時刻は2時過ぎていた。来ない客を待ち続けながら呆然と過ごしたせいだろう。頭の中は靄がかかったような緩慢な思考の中で、ついそんなことを考えてしまった。

俺たちの年代になれば、涙を流すことなど稀なことだろう。

人前で涙を流すことは恥ずかしいことだと認識するようになり、涙が許されるのは卒業式やら結婚式などの特別なイベントがある場合だ。


(昨日はタジマにとって、何か特別なイベントでもあったのだろうか?)


俺は机に突っ伏していた気だるい体を起こし、何気なくタジマを観察する。

手元の文庫本に集中するその姿からは、当たり前だが昨日の出来事の原因など読み取ることはできなかった。


「お客さん?」


俺の視線に気が付いたのか、タジマは視線を文庫本から俺に向けるとそう訊ねてきた。

タジマの問いかけに、呆けていた俺の意識は覚醒する。


(くそ、ぼうっとしていて余計なことをした。)


俺は自分の余計な行動に内心イラっとするものを感じたが、なるべく表情に出ないように努め、タジマへ返答する。


「いや…なんでもない。その…誰も来なくて暇だったからな。タジマは何をしているか少し気になっただけだ。」

「そう?」


俺のとってつけたような言い訳に、タジマはどこか不審な表情で答える。変な奴と思われたかもしれないな。まあ、別にたいしたことじゃないが。


「よければ、変わりましょうか?」

「え?」


タジマの急な提案に、俺は何のことかわからず、間抜けな声を上げる。


「モニター。ずっと見ていて疲れたんじゃないですか?」


そう言って、俺の背後の監視モニターを指差すタジマ。


「…別に大丈夫だよ。前にも言っただろ。一緒のときは俺がモニター見ているから、タジマさんは好きにしていていいって。」

「そうですか。」


タジマはそれ以上食い下がることなく、再び手元の文庫本に視線を戻した。

別にレディーファーストの精神で言ってるわけではない。そも、タジマ以外の相手にも同じこと言っている。

俺がモニター眺めている理由は、こうしていれば相手は俺に話しかけにくいだろうという。それだけの理由だ。

受験に失敗して、親とけんかして家を出て、恋人ともうまくいかない。

人と会話すれば。そんなどうしようもない俺の現状を悟られそうで怖かったから。


その後、俺とタジマは会話をすることなく、時間は緩慢に過ぎて行った。

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