第1章 霊の後輩誕生 その2
【恵】
説教を中断して悲しそうな眼で亡骸を見つめていた沢口が、またぞっとする化け物顔を向けてきた。
「しかし、どうしてまた、中学校の入学式の前日に、自殺なんかしたんだ?」
これまでの皮肉を滲ませた口調ではなく、重い口調で訊いてきた。
恵人は、応えたくないという顔で沈黙した。
「いいか、ここで、生きていたときのように、振る舞う必要なんか、ないんだぞ。ここで全部、吐き出してしまえ。そうすれば、気持ちがすっきりするぞ」
今度はいくぶん明るい口調に切り替えて訊いてきた。
「……ずっと、いじめられていたんです」
恵人は、仕方がないという顔をぶら下げて、刑事の尋問に落ちて自白させられたような声で渋々答えると、瞳を校庭に落とした。すると瞳に、亡骸が映った。そのまま見つめていると、自分をいじめた連中の憎たらしい顔が、瞼に再登場してきた。テーブルに雁首を並べた11人の容疑者の中にもいた。5人の同級生がそうだ。もしもブロックを放置した犯人が5人のうちの誰かなら、他のワルガキたちよりも多く化けて出てやる、と、出没の回数を倍増してやることを即座に決めた。
その特別出演を決めて瞳を上げると、沢口が顔を曇らせていた。おそらくは、イジメという言葉を耳にしたからなのだろう。が、眼が会うと、どういうつもりなのか、化け物に不似合いな微笑みをたっぷりと披露していた。思わずその顔から眼を逸らした恵人は一言、沢口に助言をしてやりたかった。逆に、あんたの顔はより不気味になって、怖さが増しているよ、と。
「まあ、よくある話だ。それで? なんでいじめられていた?」
恵人は怯えながらも返答を拒んで、また沈黙した。
「どうした? ここで隠し事したって何の意味をないぞ。全部、吐き出してみろ」
恵人は、沢口の教師のような口ぶりを耳にしているうちに、担任教師にいじめの相談を一蹴されて自殺を決めたときのことが、頭に浮かんできた。卒業前の日に言われた最後の言葉が決定的だった。その若い男性教師は姉のことを知っていたのか、いじめられるのは、自業自得だよ、と言わんばかりの口を吐いて、逆に傷つけてきた。
「言いたくありません」
「そうか、言いたくないか。……まあ、無理には訊こうとは思わん。ところで、おまえの名前をまだ聞いていなかったな」
「ぼ、僕の名前ですか? 僕の名前は藤原恵人です」
恵人は怯えたままの声で答えた。
「フジワラ・ケイト。富士に毛糸か。冬は暖かそうで、いい名前じゃないか。夏はかなり暑苦しそうだがな」
「はあ~。冬と夏? 僕の名前は、恵みと人と書いて、恵人といいます」
恵人は怯えを忘れて反発した声で応じた。
「そうか恵に、人か。人に恵まれた子供に。きっとおまえの両親は、幸せに恵まれた人になるよう願ってつけたんだな。それをおまえは自ら命を絶った。まあ、ここでいつまでもこんな立ち話をしていてもしょうがない。行くぞ」
そう言われて、恵人は足下を見た。立ってはいなかった。さっきから宙に浮いたままだ。沢口があんまりウザいので、僕は立っていませんと反論しようと思ったが、喰われそうな気がしたので、やめた。代わりに、そっとばれないように、僕は立ってなんかいません。 浮いています。と心の中で反旗の小旗を振った。
「さあ、俺についてこい」
沢口が元の顔に戻して声を投げてきた。
恵人はその顔を見て、ひどく不安を感じた。ここから、どこか人目につかないところに連れていって、美少年の自分の若い体を美味しくいただこうと企んでいるかもしれない、と、そら恐ろしい不安が頭に降りかかった。
自分が既に死んでいることを、実体のない幽霊になっていることをすっかり忘れていた。付け加えると、もう美少年ではないことも、理解できていなかった。まだ美少年のままの気持ちでいた。見事な化け物に、イメチェンしていることをすっかり忘れていた。
「え? どこに行くんですか?」
「ついてくれば、わかる」
口を吐くと、沢口がニヤリと笑った。
──やはり間違いない。僕を食うつもりなんだ。
恵人は怯えが増した眼で、沢口の様子を窺った。
──きっと背中には長さが1メールほどの出刃包丁と、ステーキソースなどの美味しく食べるための調味料に、スパイシーな香辛料なんかも隠し持っているに違いない。
自分が高級牛肉や豚肉になった気分だった。隙をみて逃げ出すことを考えた。
「おまえ―俺が、そのまずい肉体を喰うとでも思っているだろう? 残念ながら、俺にはそんな趣味はない。間違っても男は喰わん。もし、喰うとすれば、極上の美女だな。それ以外は全然興味ない」
「ぼ、僕の心が、読めるのですか?」
「おまえの、その表情を見たら何を考えているかぐらいは、わかる。くだらん妄想をする時間は、あとでとっとけ。さあ、いくぞ」
恵人は心の内をいとも簡単に見破られて、しばらくは様子見することにした。当面は、この沢口という化け物に従うしかないと思った。
視線を校庭に落とし、哀れな姿となっている自分の体をまた見つめた。死んだとはいえ、その体を置いてこの場を離れる気にはなれなかった。いまさら後悔しても仕方がないが、校庭で寂しく転がっている自分の体が初めて愛おしく思えた。体を見つめて未練がましく浮いていると、沢口が近づいた。そして有無を言わさず、腕を掴んだ。
「え? ちょ、ちょっとまって」
その声が耳に届いていないかのような眼で沢口は上空を見上げると、勢いよく飛んだ。その空を駆けるスピードは速かった。まるでスーパーマンのようだ。
恵人は映画のワンシーンを思い出した。スーパーマンが彼女を抱えて空を飛ぶシーンだ。確か、スーパーマンのパクリで女のスーパーウーマンの映画もあったはずだ。ふとそれを頭に浮かべながら沢口の顔を見た。手を引っ張っているのは美人のスーパーウーマンではなく、身の毛もよだつ恐ろしい顔をした霊だった。その化け物顔には当分、慣れそうにもなかった。できるだけ、その顔を見ないようにしようと思った。
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