第9話 ひみつの全て
直翔と桃瀬との付き合いはわずか数か月間で終わった。でも、付き合いが終わったからといって、大好きだった彼女のことをそう簡単に忘れられるわけがなかった。直翔は、ひたすら苦しんでいた。
二人が別れた一週間後、彼は、私に折り入って頼みがあると言った。
その願いは、私の人の記憶を消す能力を駆使し、桃瀬綾乃と自分はただのクラスメイトだったことにしてほしいというものだった。同時に、神崎からも二人が付き合っていたという記憶を消して欲しいといった。
最初、私は彼を窘めた。自分が苦しいから私の能力を使い全てを無かったことにして楽になろうとするのは卑怯だと叱った。普通の人間はどんなに願ってもそんなことはできない、苦しくても自力で乗り越えるしかないのだと。
そしたら直翔は、静かに首を横に振った。
『違うよ。僕は、自分から綾と付き合っていた記憶を消してしまおうだなんて思っていない。ただ、彼女が、こんな別れ方をして少しでも気に病んでいるんなら、全部忘れさせてあげたいと思っただけだ』
これは、自分が超能力者であることを隠して付き合った当然の報いだから。
私の瞳を真っ直ぐに見つめる彼の瞳には、静かな決意が灯っていた。
『綾と僕が付き合っていた事実は、僕だけが知っていれば充分だ』
他の誰よりも直翔自身一番忘れ去ってしまいたいはずだったのに、彼はたったの一人きりで、その過去を全て背負うつもりだった。
悩んだ末に、私は、彼の頼みを承諾した。言われた通りに、桃瀬と神埼から月島直翔と桃瀬綾乃が付き合っていたという記憶を消し去った。流石に他の人間の記憶にまでは手が回りきらなかったけれど、人の噂なんて本人達が否定すれば簡単に消え去ってしまうものだ。
予想通り、直翔と桃瀬が付き合っているという噂はあっというまに立ち消えた。そして、二人が付き合っていたことを知る人間は、この世界で直翔と私だけになった。
彼は、再び退屈な日々を繰り返すだけの生活に戻った。自分には教室の隅の方で本を読んでいるのが一番似合っているのだと、言い聞かせるようにして。
それでも、教室で、何も知らずに笑っている桃瀬を見るたびに胸が焦げ付くように痛くなった。彼女から目を背けるようにして受験勉強に励んだ。その結果、無事に第一志望の高校に受かることができた。
そして、待ち望んだ卒業の日がやってきた。
その日も、直翔は普段どおり神崎と二人で帰っていた。神崎は他校に通うことが決まっていたから、これが親友との最後の下校だった。
『なぁ、直翔』
『ん?』
『俺さ、桃瀬さんと付き合うことになったんだ』
『……』
『今日、告白されたんだ。いきなりだからビックリしちまった』
何も知らない親友は、照れくさそうに笑っていた。
直翔は、その時になって初めて、桃瀬は神崎のことが好きだったのだと知った。
あの時、記憶を失くす前の桃瀬が自分の告白を受け入れたのは、臆病な彼女が本音を切り出せなかっただけに過ぎなかった。彼女はずっと、罪悪感を抱きながら彼と付き合っていたのだ。
だから、あの時、彼女の心はとても素っ気無くて味気なかったのだ悟った。
*
「これが、月島 直翔の背負っている苦い過去の全てだ。そして、私が、あなたから直翔の記憶を消す理由でもある」
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