第15話 『J』と『H』<未来系>

ある日、『J』は泳ぎだした。


『J』はその昔『龍』と呼ばれる種族だった。空にも地にも『龍族』は満ちていた。幸せな時代だった。『J』は『龍族」の中でも最も若い個体だった。ある時、天変地異が『龍族」を襲った。いや、地球そのものを襲った。「龍族』は焼かれ、打たれ、押しつぶされて絶滅した。若かった『J』は気を失って海に浮かんだ。

 長い年月が過ぎ去り、ある日『J』は気がついた。あまり長い間気を失っていたので『J』は自分が何者かわからなかった。身体もこわばったように固まっていて動かない。湾曲した空を見ながら。

 千年も万年も考えて、やっと自分が『龍族』だったことを思い出した。そして『龍族』を襲った天変地異も。我が身を見渡してみると、長い年月の間に苔むし、寄生虫がはびこっている。『J』はしばらくそれらの事象を観察した。寄生虫は進化し『J』の身体を変化させていく。それが面白く、しばらくの間楽しんだ。

 そのうちに彼らは『J』の身体を蝕む種を植え付け出した。頭にも、胴体にも、いたるところに。今まで、体に腫れ物ができたことはあった。その時は中から焼いて噴火させ治療した。しかし、彼らの植え付けた種はそれ自体、非常に危険なものだった。治療を間違うと『J』の身体まで損なう。ヒリヒリと皮膚を焼く疼痛に悩みながら耐えた。

 耐えて耐えて耐えて、『J』は耐え切れなくなった。身体を振るってみる。一部の寄生虫や建造物が剥がれ落ちたが、なんとか自由を取り戻した。自由だった昔のように大海原を渡る決心をした。


ある日、『J』は泳ぎだした。


 泳いで、泳いで、泳いだ。まだ残っていた身体の強張りを引きずって。泳いで、泳いで、泳いだ。海の彼方を目指して。泳いで、泳いで、泳いだ。

 太陽の光のもとで。

「昔はみんなで競争したものさ。誰が一番早く遠くに行くか」

 月と星を見ながら

「昔はみんなで競争したものさ。誰が一番、星の道標を解くか」

 泳いで、泳いで、泳いだ。

 そして突然泳ぐのをやめた。泳ぎ始めた頃より随分と暖かい海に来た時だった。一頭の美しい龍がゆったりと眠っていた。そっと近づいて声をかける

「こんにちは。僕は『J』と言います。あなたは誰ですか?」

 『J』の声で目覚めたのは『H』。『H』も目覚めてすぐには何もわからなかった。『J』は長~い自分の物語を語った。何年も何年も。『J』の語りが終わった頃には『H』も思い出していた。自分は『龍族』だったことを。天変地異から逃げてきたことも。そしてゆったりとした暖かい海で、あまりにも気持ち良く眠りすぎたらしいことに気づいた。


 二人はその日から恋に落ちた。二人にとってこの広い海は、自由に遊べる楽園になった。北に行けば冷たい氷が気持ち良く、二人の出会った真ん中は暖かく、もっと南に行けばまた寒くなる。そうして西と東には、齢古りて動けなくなった大型の龍族が長い眠りを貪っている。彼らは決して目覚めることなく、永遠の眠りについている。北に南に、東に西に、二人は泳いだ。ふざけて、競争して、ゆったりと休みながら、泳いだ。二人は自由を満喫した。

 二人は存分に自由を楽しんだが、ある時、『H』の体に異変が生じた。どんどん膨れていく『H』を見て、『J』は気が狂わんばかりに心配した。『H』は故郷に帰りたいと言った。二人で『H』のいた暖かい海に帰った。帰るとすぐに『H』の体は二つになった。『H』は出産したのだった。『J』は『H』から生まれた個体に『N』という名をつけた。『N』はすくすくと育ち、『J』と『H』の何倍もの大きさになった。三頭は手をつなぎ、ゆっくりと育っていく『N』を見守ることにした。今では『J』と『H』は『N』の一部だった。


 日本の領土が突然ハワイに向かって地滑りを始めたのは西暦2100年。少しづつ滑って行き、沈みもせずに100年かけてハワイに到達した。その後100年はハワイ沿岸で静かにしていたが、今度はハワイが地滑りを始めた。日本とハワイは500年の間、太平洋を東西南北自由に動き回っていたが、最後にはもとハワイのあった位置に静止した。その後新しい島が誕生したが、その島は成長を続けて大陸になった。『新日本大陸』と名付けられた島は、日本とハワイを飲み込んで、大きく大きく成長して行った。


 島の伝説は云う。島はまた何時か動き始める。今度は西の『U』と同化するか、東の『A』を飲み込むか。今では『U』も『A』も細くなって『N』好みの体型になっている。『龍族』はあまりに年古ると我が身を削り落として再生するのだ。

          

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