第10話 泣いた吉兵衛さん<昔話系>
むかし、日向山に一匹の狸が住んでいました。この狸、いたずら好きで村人の悩みの種。特に吉兵衛さんというお百姓さんは、毎度毎度化かされて痛い目にあっていました。
夜中に戸をたたく者がいます。
「トントン」
「こんな夜更けに誰じゃ? 何の用じゃ?」
「トントン」
「吉兵衛。吉兵衛」
戸を開けると誰もいません。遠くの方に、しっぽをふりふり山の方に逃げていく狸が見えました。
またある時、吉兵衛さんが親戚の法事に出かけました。振る舞い酒で酔っ払って帰り道を歩いていると、まん丸なお月様が二つ出ています。
「月が二つになった。えらいことじゃ」
ふらふらと歩いていると道端の松の木にぶち当たりました。ドスンと音がして、まん丸な狸が木から落ちてきました。あっという間に逃げて行きました。
こんなこともありました。吉兵衛さんが寄り合いの帰りに、夜道を歩いているとお供を連れたお侍の行列がやってきました。道の端によけて頭を下げていると通り過ぎるまでの長い事、長い事。やっと通り過ぎたと思てふと見ると、最後のお供が尻尾を出していました。
「この、いたずら狸め。こら~」
思わず叫ぶと狸はピューっと逃げて行きました。
そんなわけで、吉兵衛さんは何度も痛い目にあっていました。化かされた当初は怒っていますが、すぐに忘れてしまい、また引っかかるということを繰り返していました。一度などはとっつかまえて説教をしました。
「お前、いつまでもそんなことしていると今にひどい目に会うぞ。いいか? 他のものに捕まると殺されるぞ。もう悪戯はするなよ」
そう言って逃がしてやったのですが、効き目は全くなし。
吉兵衛さんにはおかみさんとかわいいお道という十歳の娘がいました。吉兵衛さん夫婦はお道をとても大切にしていました。
ところが、ある年の夏の終わりに、流行り病でぽっくりと亡くなってしまいました。さあ、吉兵衛さんの悲しむこと、嘆くこと。それは傍目にも痛々しいものでした。
吉兵衛さんは毎日毎日、お道の墓に行って嘆き悲しんでおりました。それを見ていたのが狸。最初はいつものようにいたずらをしてやろうと覗いていたのですが、吉兵衛さんの嘆きようがあんまり悲しそうで、とてもいたずらをする気になりませんでした。毎日毎日吉兵衛さんを見ているうちに、吉兵衛さんがかき口説いている言葉が耳に入りました。
「お道、お前に会いたいよ。一度でもいいから、お父っつあんの所へ出てきておくれ。かわいい顔を見せておくれ」
狸は吉兵衛さんにお道と会わせてやりたいと思いました。こんなに会いたがっているんだから会わせてやったらどんなに喜ぶかと思ったのです。狸は吉兵衛さんが大好きでした。怒られても怒られても悪戯をするのは、吉兵衛さんに構って欲しいから。「こら~」っと追いかけて欲しいからでした。
お道が亡くなって三月ばかりした秋の終わりころ、吉兵衛さんは墓参りからの帰り道、暮れかけた山道をとぼとぼと歩いていました。お地蔵様の辻に来ると向こうから小さな娘が歩いてきます。吉兵衛さんは思わず足を止めました。なんだかお道に似ています。
そばまで来るとやっぱりお道でした。お道が吉兵衛さんに話しかけました。
「お父っつあん」
「お道か? お道か?」
「うん、お父っつあん、どこに行ったの?」
「お前の墓参りだ。お前はどこに行ったんだね?」
「あたいね、お地蔵様の所に行ったの。今日はお父っつあんの所に行ってもいいって、お地蔵様がおっしゃったんだよ」
「そうか、そうか」
吉兵衛さんは、死んだお道がいるわけはないと思いましたが、あんまり嬉しかったのでお道に抱きつきました。
「お道~!」
お道に化けていた狸はいきなり抱きつかれてびっくりした拍子に、元に戻ってしまいました。吉兵衛さんは腕の中のお道が、ふわふわの狸になってしまってからもしばらく抱いていました。それから顔を上げると狸に言いました。
「ありがとうよ。久しぶりにお道に会えて嬉しかった。どうしてこんないたずらをしようと思った?」
「おら、毎日吉兵衛さん見てただ。毎日泣いてたなあ。目が溶けるかと思うほど泣いてたなあ。一目お道に会いたいと言ってただから、会わしてやりてえと思っただが、悪かっただか?」
「いやいや、ありがたい。久しぶりにお道に会えて嬉しかった。お前の優しい気持ちも嬉しかった。な、もう一度だけ、お道に化けてくれないか?」
「いいとも、何度でも化けるよ」
狸がお道に化けると、吉兵衛さんはその姿を見てポロポロと泣きました。つられて狸もビービーと泣きました。二人でワンワン泣いて、しばらくすると吉兵衛さんが言いました。
「ありがとうよ。気が済んだ。お前のおかげで、可愛いお道に会えた。明日からは前を向いて生きられそうだ」
「おいらも吉兵衛さんの役に立って嬉しいよ。これで明日から、またいたずらができる」
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