暴力通貨で一番かせげるあなたに

ちびまるフォイ

人が暴力に陥るきっかけ

現金を持ち歩く人など誰もいなくなった。


「いらっしゃいませーー」


コンビニへ入るとおにぎりとお茶を持ってレジへ並ぶ。

自分の順番になると、店員の顔を思い切り殴りつけた。


「暴力支払い、ありがとうございましたーー」


コンビニから出ておにぎりをほおばりながら、

自分のVコイン残高を確認する。


Vコイン。


バイオレンスコインの略称で、暴力を変換する仮想通貨。

人間の根底にある暴力を抑えるのではなく発散させるために導入された。


「おらおら、これでもくらえー!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


コンビニ横では不良に絡まれた人が嬉しそうに叫んでいた。

以前は問題になっていたいじめも、暴力がお金になるとなればそれはご褒美。


今となっては暴力を振るってくれる不良は、

お金を無料で恵んでくれる神様といっても過言ではない。


「あ、そうだ。化粧品買わないと」


コンビニで買う予定だったけれど引き返すのも面倒だったので、

そのまま近くの化粧品コンビニを探した。


Vコインになってから、暴力支払いが普通になったので

男も女も傷を隠すために化粧品はかかせない。


「……なんか、この出費が一番多い気がするなぁ」


給料のほかにも職場での暴力(チップ)が多いということで、

建築現場で働くことにしたのはいいけれど、暴力多すぎて化粧品代が半端じゃない。


プラスマイナスゼロじゃん。


「お支払いどうぞ」

「えい!!!」


渾身のアッパーを店員に叩き込む。


「ご利用、ありがとうございましたー」


店員は鼻血を出しながらも、にこやかに見送った。

実はこの店員の仕事が一番大変なんじゃなかろうか。


帰り道にどこからか何か破裂するような音が聞こえた。

自然と足も音の鳴る方へと向く。


【 竹下流 ボクシングジム! 女性歓迎! 】


「こんなところにジムが……!」


音はジムの中でサンドバックをたたいている音だった。


「待てよ、体を鍛えればパンチ1発ぶんの料金が跳ね上がる。

 ってことは、これまで以上にお金使えるかも!!」


迷わず入会の申し込みするために入口へ向かった。

ものの数秒で追い出された。


「すみませんね、うちはもう20年後まで予約いっぱいなんですよ」


「うそ!? できたばっかりですよね!?」


「どこのジムもこんな感じですよ」


ジムのトレーナーがいうように、ほかのジムを当たってみても

予約いっぱいでとても中に入ることはできない。


そんなことを悩んでいると、現場で親方にぶっ叩かれた。


「おい!! ぼーっとしてんな!! ケガすっぞ!!」


「はい……」


親方の暴言+パンチによる臨時収入。

普段なら大喜びするところだが、悩みの種は尽きない。


「お前どうしたんだ? いつもなら、ありがとうございます!って喜んでいただろ」


「実は……暴力単価を上げたくてジムに入りたいんですけど、

 どこもいっぱいで入れないんですよ。いったいどうすれば……」


「わっはっは! お前バカだなぁ! 最近の若い奴はこれだからいけねぇ!」


「親方、なにかアイデアがあるんですか?」


「お前、筋トレって知らねぇだろ?」


親方から「筋トレ」なるものを教えてもらった。

Vコイン導入後にジムが乱立したので、自主的に鍛える人が無くなって消滅した古代の知恵。


「いーーち、にーーぃ、さーーん」


自宅で必死に筋トレする日々が始まった。

昔の慣習ではあれど確かに効果があるようで腕も太くなった。


「おお! 筋トレすげぇ!! これなら暴力で稼げるぞ!」


修行の成果を確かめるためにパッティングセンターへと向かう。

バットは不要。奥から流れてくる人形に向かってパンチを繰り出す。


「この!!」


人形の顔を思い切り殴りつけて、自分のパンチ単価を調べる。


「30円デス」


「ひっく!!!」


まさかの値下がりをしていた。

腕も太くなり、腹筋は斜めに割れるほどになっているのに

むしろ暴力の単価は前より落ちていた。


「兄ちゃん、もしかして筋トレしたのかい?」


「え、ええ、まぁ……」


隣のブースに立っている人に声をかけられた。


「やめとけやめとけ。筋トレが流行らなくなったのも、

 力をつけるのと暴力単価とは結びつかないからだよ」


「どういうことですか?」


「一流のボクサーが、全員ムキムキマッチョではないだろう?」


「 あ 」


結果的に、俺は暴力を振るうのに無駄な筋肉をつけていた。

これだけ努力したあげくに意味がないと心から落ち込む。


「はぁ……どうすればいいんだ……」


家でジムの空きが出ないか探していると、

ふと目に飛び込んできたのはドーピングの文字。


【 誰でも一気に強くなれます! 肉体改造ドーピング! 】


「これ……大丈夫かな」


サイトには「この薬のおかげで暴力が強くなりました!」と、

はちきれんばかりの笑顔のマッチョがいるけれど、怪しい。


とはいえ、ジムで長い時間拘束されるよりは

薬で一気に強くなれたほうがずっといいに決まってる。


「やぁやぁ、よく来たね。君がドーピング希望者かい?」


気が付けば、俺は怪しげな研究所にやってきた。


「私はドクターDr。でぃーあーると読んでくれたまえ」


「なんですかその頭痛が痛いみたいな名前……」


「名前なんて所詮は記号だよ。さ、そこに座り給え」


「……はぁ」


本当に大丈夫なのだろうか。不安になってくる。

ドクターは注射器を差して薬を体内に入れていく。


「ほ、本当に大丈夫なんですか!?」


「安心しなさい。これまで苦情が来たことは一度もない」


「そうですか……それならよかった」




「まぁ、成功するか死ぬかなんだけど」


「えっ!?」


一気に不安になった。

すると、腕の筋肉がけいれんし始めてみるみる強くなっていく。


「せ、先生!? これ成功なんですか!?」


「成功だ!! 初めての薬だったが大成功するなんて!!」


「なに実験動物にしてくれてんですか!!」


ともあれドーピングは成功したようで、俺の体は見事に肉体改造完了。

パンチ一発で大量の札束を産み出せそうだ。


「先生ありがとうございます。これはほんのお礼です」


ドクターを殴ると、ドクターの体はホコリのように舞い上がり天井にぶつかって落ちてきた。


「こ、これはすごい! 俺の体はすさまじく強化されている!!」


これだけ力が付けば、Vコイン目当てにたくさんの人が俺の暴力を求める。

パンチ1回ぶんの単価も高いので、支払いに困ることもないだろう。


「ドクター! ありがとうございま――あ、あれ?」


腕がふたたびボコボコと変形し始めると、筋けいれんは顔へと伝達する。


「ドクター!? これはいったい!?」


「ああ、やっぱ失敗か」


「ええええ!?」


顔の激痛が止まるころには、顔が見事に変形していた。

たくましかった体は前よりいっそう弱弱しくなっている。


「なにこれ……」


もうだめだ。

筋トレやってもダメ、ジムにも入れない、ドーピングも失敗。

そのうえ、顔は変形するし体はひ弱になるし最悪だ。


こんな体じゃこの先、生活費を工面することすらままならない。


「終わった……何もかも……」


簡単にVコインを稼ごうとした俺の罰なんだろう。

疲れきったので家に帰ることを決めた。

その帰り道、俺を見る目が変わっていた。



「おい待てよ。お前の顔、なんかむかつくんだよな」

「ちょっとこっち見ないでよ! 変態顔!!」

「てめぇ、何ガン飛ばしてんだ!!」

「あんた腹立つ顔してるわねぇ。殴らせなさいよ」

「その顔見てると……無性に許せなくなる!!!!」


俺の変形顔とひ弱な体を見るなり、誰もが暴力へと吸い込まれた。



「みんな!! ありがとうございます!!」



増え続けるVコイン残高を見ながら鼻血を出して喜んだ。

世界は暴力で回ってる。

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