第55話「魔剣士禁止 その1」

 イスズの側にいた観客は手にエールを持ったまま、呆然とその様子を見ていた。

 突如現れた偉そうな謎の男、それにつき従うように全身鎧プレートアーマーとローブの人物たち。一番後ろにはゴロツキのような見た目の男。


 普段ならゴロツキのような男とは目も合わせたくないタイプなのだが、今、この場では一番自分の常識の範疇はんちゅうに納まる人物で、この観客だけでなく、誰もがゴロツキを最後に見て少々の冷静さを取り戻す。


 冷静になった観客は現状を把握し、エールの入ったコップを落としながら悲鳴を上げた。


「うおおっ! なんか知らんがヤバイだろ。逃げろぉぉぉ!!」


 この観客の声を皮切りに、周囲の人々は逃げ出そうと席をたったその時、一陣の風が吹きぬける。


 あまりの風圧に誰もが目を細め、風が止んだ頃、再びハッキリと開けると、蛮族の女性、ウンファルが大剣をイスズへと突きつけていた。


「リミット、邪魔、させない」


「そっちが散々邪魔してきてたってのに可笑しな話だが、こっちもお前にクロネの邪魔をされちゃ困るからな。いいぜ。まずは俺とお前だ」


 イスズはアリを手にしたまま、リングへと向かう。

 ウンファルも大剣を油断なく構えたままイスズへと続き入場する。

 観客たちは呆気に取られ、そのまま大人しく着席した。


 今観客の前には、ジーンズのジャケットにジーパン、サンダルという格好の男と露出度の高い蛮族風の女性が各々に杖と大剣を持っているという異質な状態が生まれていた。


 一触即発いっしょくそくはつなその状況にリミットは剣と銃を収め、


「僕は少し休ませてもらうね」


 そう告げるとウンファルへと手を振った。


 リングの端まで移動すると、いつの間にかルーが解説席と書かれたテーブルとイスを用意しており、リミットを『解説』と書かれたイスへと手招きする。

 苦笑いを浮かべながら、大人しくその席へと着く。

 ルーは次にヤマトに向かっても手招きし、リミットの横の席を勧める。


 ヤマトは困惑し周囲をキョロキョロと見るが、誰も答えをくれない。

 少し考えてから、堂々とした立ち振る舞いで席にまで向かい、着座した。

 ヤマトは相手の思惑がどうであれ、全て受けて立ってこそ勇者だと考え、行動に移したのだった。


「さてさて、役者は出揃いました。これより、サブイベント、勇者パーティ剣士のウンファル対トラック乗りの銀河イスズの一戦を開始します! 実況はお馴染みボクちゃん、ルー。解説は勇者のリミットくんと『元』勇者のヤマトちゃんをお迎えしてお送りするよん!!」


 『元』勇者の単語が出たことで、客席には少なからず衝撃が走った。

 なぜ勇者であるはずの存在が魔王の側についているのか? 当然といえば当然の疑問であった。

 そのざわめきを掻き消すほどの大声でイスズは叫んだ。


「うるせぇ! そいつは道案内だ。ただし、俺とクロネを大人しくさせるだけの実力はあったわけだ。だから、俺らに負けるようなら、『元』より劣っているってことになるよな」


 イスズの一喝で会場は静まり返り、そして今回の勝負を勇者と魔王だけのものではなく、『元』勇者と勇者にも及ぶものとした。


「おいおい、おいおい、ずいぶん威勢がいいねぇ。今度の転生者は」


 この場における誰のものでもない声が聞こえる。

 イスズは眉根を寄せながら周囲に気を配る。


「こっちだ。こっち。お前の目の前にいるだろ」


 謎の声は尚も続く。

 その声の出所に一番に気づいたのは魔杖アリエイトだった。


「おい、イスズ。あそこからだ。あのセクシーなねぇちゃんが持ってる大剣から声がするぞ。オレと同じインテリジェンスウェポンだッ!」


 イスズはその大剣をまじまじと見つめる。

 飾り気のないシンプルな両刃の大剣、よくよく見るとつばの位置に宝玉がはめ込まれており、その中を瞳が泳いでいる。


「なるほど、見ようによってはセンスの悪い呪いの剣に見えるが、喋ってくるし、インテリジェンスウェポンなんだろうな」


「先生、侮辱、するな!」


 未だ開始の合図もないにも関わらず、ウンファルは怒りに任せイスズに切りかかる。

 

 ガキッ!

 

 イスズはアリでその一撃を受け止めると、大剣に向かって話しかけた。


「おい、大剣さんよぉ。先生とか呼ばれてる割に教育が行き届いていねぇんじゃねぇか?」


「剣ばかり教えていたからな。無礼はびよう。それから私の名前はラッシュだ。大剣さんよりはきちんと名前で呼んでほしいものだね」


 ラッシュはウンファルに下がるように言うと、先生の言葉には素直に従うようで、大人しく剣を退いた。


「ほら、いきなり攻撃したことを謝りなさい!」


「すまない」


 ウンファルはしぶしぶといった様子で頭を下げた。


「それじゃあ、そろそろやり合おうか?」


「そのようだな。そちらのインテリジェンスウェポン。アリエイトと言ったかね。彼もやる気満々のようだ」


 イスズはアリを見ると、メラメラという書き文字が出そうな程燃えていた。

 しかし、実際にアリから出された音はメラメラではなく、ギリギリという歯軋はぎしりの音だった。


「許せん。ただの大剣ならなんとも思わんが、インテリジェンスウェポンなら話は別だ! なんでオレがおっさんでアイツが女の子なんだ。しかもボン、キュ、ボン! のスタイル抜群でわきとかへそとか太ももとか見放題の格好とか……。許せん、然るべき報いを喰らわせてやらねばッ!!」


「…………」


 イスズはアリを見てから大剣のラッシュへと視線を移す。


「すまんな。完全にこっちの方が呪いの装備だった」


 手刀を造り、謝罪した。

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