第15話「温泉禁止」

 魔物の村『テラス村』の宿屋には珍しいことに温泉が完備されていた。

 宿屋自体はカラブキ屋根の素朴な造りだが、いくつもの露天風呂を目玉としているため、敷地だけはバカみたいに広く、テラス村でも1、2を争う広大な面積を保有している施設だった。


 なぜこのような宿屋がまかりとおったかというと、ひとえに村長フォーランのおかげだった。

 彼は疲れた戦士たちの癒しのためと言い作ったのだが、絶対にそれ以外の思惑もあっただろう。

 その証拠に宿屋に置いてある荒い羊皮紙で作られたパンフレットには混浴完備の文字が記されていた。


「ふむ。ここの温泉は混浴にサウナ完備か……」


 イスズは部屋でパンフレットを読むとその一文に目を引かれていた。


 そしてその独り言を聞いたアリは、もちろんその言葉に飛びついた。


「おぉい!! なんだってイスズ! い、いま混浴って聞こえたぞ」


「ああ、夜にでも行こうと思っている」


「ちょっ、おま、そんなタイプだったか? いや、今はなんでもいい。オレも一緒に連れて行ってくれ!」


 イスズはすぐに、「別にいいが、湯船につけるのはマナー違反だからお前は浴場までだぞ」と答えた。


「ああ、それでいい! それで充分だ。というかそれが全てだっ!!」


 アリは鼻息を荒くし、時間がくるまで妄想にふけった。


「デュフフ、温泉で濡れたつややかな髪、熱のこもった口元。たわわに実ったバストにキュッと引き締まったヒップ。くくく、楽しみで仕方ないな。フフフ、ハァーハッハッハ」


 大声を上げたアリがイスズに、「うるさい」と言われ叩きつけられるのは当然の流れだった。



 日も沈みとっぷりと暗くなった頃、イスズとアリは動き出した。


 イスズは心なしか楽しげで、ときおり鼻歌も歌っており、まるでイスズの為にあるような現代のCMソングが通路へ流れる。


 入り口は流石に男女分かれており、日本風な暖簾のれんが下がっていた。

 イスズは暖簾を掻き分け中へとずいずいと入っていく。


 脱衣所もしっかりとしており、流石にコインロッカーまではないが、備え付けの棚が並び、無数の脱衣かごまで準備されている。


 イスズはジーンズ生地のジャケットとパンツを脱ぎ、男らしく全裸へとなる。


 予想はしていたが、イスズの体は筋骨隆々で、腹筋はバキバキに割れており、腕や足にも一目で筋肉と分かる山ができている。


「イスズ、やっぱお前スゴイ体だ――」


 そこでアリは絶句した。

 腹筋よりさらに下、密林の中に大樹、いや神樹と呼んでも差し支えないものをその目にしたからだ。


「イ、イスズさん、そろそろ行きましょう」


 いきなり敬語になったアリを不信に思いながらイスズは浴場への扉を開けた。



 アリが夢にまで見たその世界には……。


「なんで野郎しかいねぇぇぇぇんだよぉぉぉぉぉぉおおおおおッ!!!!!!!」


 温泉の中には数人の男性がおり、いずれも良い体をしていた。


 その様子を見たイスズは、


「アリ、良かったじゃないか。温泉で濡れた艶やかな髪、熱のこもった口元。たわわに実ったバストにキュッと引き締まったヒップ。さっき言っていたのが全部揃っているぞ」


「そういう意味じゃねぇぇぇぇぇ!!!!」


 人間の体があればアリはひと月は泣いて暮らしただろう。


「まぁ、諦めろ。もともとここの混浴は人間と魔物が混浴できる場所であって男女が混浴できるところじゃない。パンフレットにもそう書いてあったぞ」


 その言葉に、イスズが嫌いそうなイベントに一瞬でも期待した自分が愚かだったとアリは仏のように悟った。


「ひさびさの温泉、しかもサウナ付きだなんて最高だな」


 大きく伸びをするイスズに無駄に謎の光が差し込み、局部を隠していた。

 アリはこの光景を一生忘れることはないだろう……。

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