06『旅の過程にこそ価値がある』
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ぬくときはぬけるときにぬいておいた方がいい。
やれるときにやっておかないと、絶対後悔するから。
寒くなるとドSに目覚め、あろうことか持久走と称号を変えた体育の授業。授業の度に無理やり走らされた高校時代の記憶が蘇る。
先頭を走るのは決まってバスケ部に所属している子達だった。サクヤは彼女たちのようにはりきって走らず、常にシンガリを志願していた。周回遅れになるよ、と教えてくれながら先頭走者に抜かれるのはいつものことだった。
何故そこまで全力で走るのか、思わず聞いたことがある。そのとき彼女は、なんの迷いもなく当然のような顔をして先の言葉を言い放った。
彼女の名前はたしか……。
「ぬあああああああああっ」
名前なんかいまはどうでもいい。それどころじゃない。
サクヤはフロアを全力で駆け抜ける。
免税店で買い物をしたあとトイレでメイクを直し、そろそろ行こうと出たところで、ファイナル・コールのアナウンスが聞こえたのだ。
搭乗に間に合ったのは、女性客の一人がスマホの電源が切れないとずっと騒いでいたおかげだ。キャビンアテンダントの協力虚しく電源は切れず、そのお客は、バッテリーを外して事なきを得ていた。
汗だくのサクヤを乗せた中国東方航空のエアバス機は午前九時四十分、空港を離陸した。
「久々のダッシュはきっつー」
ふう、と息を吐いて苦笑する。
「あー、嫌いなマラソンが蘇ってくる」
サクヤは空港内を走った自分の姿を思い浮かべ、ヘラヘラ笑う。
「ミナっちにはいつも抜かれてたなぁ」
余裕を持って空港に来たのに遅れそうになるとは、ワールドワイドなトリッパーを名乗るにはまだまだだとサクヤは自戒した。
上海ディズニーランドに一番近い上海浦東(プードン)国際空港を拠点とする中国東方航空は、スカイトラックス社の二〇一二年ワールドベストインプルーブドエアラインに選ばれた。この賞は、最も成長著しいと思われる航空会社へ送られる。
評判や口コミによれば、遅延して定刻に飛ばないとか座席モニターがないとか機内食がワンパターンで味も落ちるなどいわれているが、予約時期をうまくすればLCC並みかより安く航空券を購入できる利点もある。
上海まで所要時間は二時間二〇分と時間がないためか、 ドリンクより先に機内食が運ばれてきた。
海外旅行の醍醐味といえば機内食。ごはんと酢豚、付け合せにブロッコリー、たけのこ、人参。パンとチョコケーキにフルーツの盛り合わせ、MORITAの飲料水。中国東方航空、と書かれたピーナッツの小袋が配られた。
中国系航空らしく中華メニューがテーブルに並んだ。
食事前にデジカメで撮影して観察したのち、サクヤは酢豚をはじめに口へ運んだ。
「ほお、これは」
日本発の便で提供されている機内食は、日本が作っているため味は悪くない。
「結構美味しいんやけど、鶏やろか」
ここにトモがいたら、「えー、酢豚やないの?」と両手を広げて驚く仕草をするかもしれないと想像して、サクヤは一人にやつく。
「油淋鶏風唐揚げかいな」
一口、また一口と食べ進めていく。
機内食に高級中華を求めてはいない。まずくなければ合格だ。
主菜は二種類から選択する。今回はビーフオアフィッシュでなく、チキンオアシーフードだった。
「だから酢豚やないんやな」
納得して食べすすめる間に、飛行機は領空を越えていく。
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