スミトダイヤ <境界図書館物語>

@mahee

第1話 境界図書館と司書

 年若い女性の声。

「トーサン、あなたなのですか?」

 開け放たれた扉から差し込んだ眩しい光と、それを背にした均整の取れた影。声はそこから発せられていた。

<リブラ教官、毎度のことですが、本当にすいません>

 私の【思念話】に、シルエットが頭を抱えるのがわかる。ベリーショートの銀髪が軽く振られ、光を受け輝いた。

 影が後ろ手に扉を閉める。同時に、目の前に立っている彼女の姿が、薄明りの中で鮮明になる。

 外見上は20歳前後。

 透き通るような白い肌にどこか神話や伝説の戦乙女を連想させる整った目鼻立ち。それだけでも目を惹くには十分だったが、一番の特徴はその瞳だった。

 エメラルドの色をしたそれは、内側に炎のような意思の輝きを宿している。

 ただ、今はその炎がやや鎮火気味ではあった。 

「ええ、なんとなく、わかっていました。わかっていましたが……」

 彼女の纏っている凛々しいオーラ的なものが、目に見えて萎んでいく。

<あの、大丈夫……じゃないですよね?>

「トーサン……。あなたは……、どうしてこうなるんですか?」

 開かれた彼女の瞳の中に、私の姿が映った。

 直立するホウキの姿が。


「……とりあえず、森の奥に探しに行ったアキラ君を呼び戻します。話はそれからです」

 そう言うと、彼女、リブラ教官は歴戦の戦士とは思えない整った細い指で私を引っ掴んだ。

 軍服を思わせる黒い境界図書館の司書服の裾を翻し、再び扉から光の満ちた外へ向かう。


 私の名前は、一応トーサンとしておこう。

 これは本名ではない。

 いわゆる仕事上のコードネーム、我々が『司書名』と呼んでいるものだ。リブラ教官の名前もそれである。

 教官と初めて出会ってから図書館時間では半年、実時間ではもっと長い時間を共に過ごしている。しかし、未だ彼女の本名を知らない。だが、それは境界図書館の司書の中では比較的当たり前のことだった。司書の任務の中には、本当の名を明かすことが、また知っていることが危険な状態を生み出すこともある。だから、よほど信頼がおける関係上にでもないかぎり、本名を明かすことは稀であった。


 そんな名前のことはさておき。

 今の状況を簡単に述べると、現在私はホウキである。

 これは何の比喩でもない。正真正銘まっすぐな木の柄と植物の穂で構成されたホウキそのものである。

 とはいえ、元からホウキだったわけではない。ほんの30分くらい前まではれっきとした人間だったのだ。

 それが今なぜこうなったのか。

 それを説明するには我々が所属する『境界図書館』と『司書』の役目が……、少しは関わってくる。


 物語ありき。

 されど、物語はただ物語にのみあらず。

 1つの世界なり。


 という感じで、我々が物語と認識しているものは、実は各『物語世界』のほんの一部分を切り取って見ているに過ぎない。

 例えるなら、双眼鏡で覗いた視界の中といったところか。

 しかし、その一部分に過ぎない物語こそが、それぞれの物語世界の存続には必要不可欠なものだった。なぜなら、物語世界が存在するには、他世界からの『観測』、そして『認識』が一定以上必要であり、他者から認められることによって、ようやく世界は世界として形を取り得るからである。

 しかし、我々は通常では他世界を見たり、感じたりする手段を持たない。

 そこで世界の壁を越えて、他世界を感じるための存在が『物語』である。

 物語は様々な形態の情報として、他世界に拡散され根付く、そして、根付いた先の物語世界の住人は、それに触れ、観測を行い、そして認識することによって、意識せずに他の物語世界を支えているのであった。つまり、物語とは自己だけでは存在できない世界同士が、互いに支えあうために張り巡らせた柱のようなもの、とも言えるかもしれない。

 とはいえ世界にある物語のすべてが、そうという訳ではないのではあるが。


 そんな世界の存続に必要な物語だが、時折、破損が起きる。理由は様々だが、実はそれ自体珍しい事ではなく、通常は『物語世界の意思』とでもいうべき存在がそれらを自動的に修復した。

 しかし、極まれにその世界による修復力が及ばない『特異点』が発生することがある。

 その特異点を放置し、他世界からの観測に問題が生じた場合、その先に起こる最悪の事態は『終焉』だった。

 つまりは物語世界自体の滅びである。

 さらに特異点による『終焉』は、通常の世界の終わりと違い、過去も未来も一切合切を含めて全てが無かったことにされてしまのだ。

 歴史も文化も。生命の営みや、その1つ1つ思いも。すべてがまるで元からなかったかのように、まるで無価値であったかのように消え去ってしまうのである。

 それはすべての尊厳に向けて唾を吐き、踏みにじるようなもの。生きとし生けるものとして許しがたい現象であった。


 だが、終焉の影響はそれだけにとどまらない。

 なぜなら、1つの物語世界の終焉は、その世界が観測者となっていた他世界の終焉にもつながる可能性があった。

 最悪の場合は、複数の物語世界が連鎖的な『大終焉』を迎える可能性もあるのだ。


 そんな惨劇を回避するために、『特異点』は誰かが修復する必要があった。

 その役割を担うのが、物語世界の守り手たる『境界図書館』であり、直接物語世界に『渡って』、物語の修復を行うのが、私たち『司書』と呼ばれる存在である。

 そして、私たちは『司書騎士』のリブラ教官を隊長とし、司書騎士候補生である『従者』2名、私ことトーサンとアキラを合わせた3人で、物語の修復のためにこの世界に渡ってきていた。

 のだが……。


 先にも述べたが司書は境界図書館から各物語世界に渡ることができた。

 簡単にいえば、世界間における移動である。

 だがその際、なぜか私は体を置き去りにして意識だけが転移してしまう癖があった。

 幽体離脱といえばわかりやすいだろうか。

 そして、その肉体を抜け出た意識は、転移先の世界で無意識に己の器となるものを探し出し憑依するのだ。

 つまり、そういうことなのである。

 なぜ、私がホウキなのかはお分かりいただいたであろうか。

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