melancholic love
篁 あれん
Ⅰ
今思えば、七年前のあれはマグダラのマリアだったのかも知れないな――――。
ロディ・オースティンは新聞記者の前でそう語ったと言う。
真夜中の甲高い電話の音程忌々しいものはない。
ルース・レイチェルはそんな分かり切った事を思いながら受話器を耳に宛がった。
『おはよう、ルース先生。ご機嫌はいかがかな?』
「最悪だよ、ロディ警部。用件は何だ?」
『河川敷で子供を拾ったんだ』
「……こんな夜中に河川敷で子供を拾う方がどうかしている」
そう言ってルースは壁に掛けた古い振り子時計を見遣った。
深夜三時を過ぎたばかりのまだ明けきれない薄暗い部屋の中で「はぁ……」と溜息を吐く。
『まぁ、そう言うなって。死体担ぎこむよりマシだろ?』
「用意しておく。出来るだけ早く来い」
『あぁ、いや……そっちから出向いてくれるとありがてぇんだが……』
「……何故だ? 動かせない程の重症患者なのか?」
『いや、そうじゃねぇんだが、一応まだ容疑が晴れてないんでね。今から署に連れて行くんだよ』
「だったら署で手当てすれば良かろう?」
『だから、そう言うなって! ルース……頼むよ』
ロディは昔からの親友で、医師となったルースに時々無理難題、いや至極面倒な事を持ち込んで来る。
首のない遺体、得体の知れない肉片、生存しているが気が狂った老人、野犬に食い荒らされた様な穴だらけの瀕死の患者を運び込まれた事もある。
ロディが持って来る案件では、その対象と真面にコミュニケーションが取れた試しがない。
だがそれは決して怠惰であるとか利己的な理由でない事位はルースにも分かっている。ロディが無理を言って来る時には、それ相応の理由があるのだ。
ルースは否応なしにどうせ行かねばならんと諦めて、着替えを済ませてドクターズバッグを片手に家を出た。
都会とは言い難いこの街では、深夜の街頭は昏過ぎて深い霧さえも灰色なので、闇が深い。赤煉瓦の建物、路地も、全てが歴史に取り残された様な古い街並みだ。
元々大学で教鞭を取っていたルースは、数年前から地元であるこの街に戻り、医師として小さな医院を開業していた。
歩いてロディが在籍している所轄までは十五分ほどの所に住んでいる為か、秘密裏に処理したい事が起こると、ロディは時々こうやってルースを呼び出すのだ。
明日にでも引っ越してやりたい。安眠を邪魔される事程、腹立たしい事はない。
ルースは苛立ちながらも長い足を大きく前に出して、急ぐ。
「あぁ、ルース! 助かるよ」
金髪癖毛の見た目無害なロディ・オースティンは、自分と同じ三十路なのにやたら可愛い顔立ちをしていて、頼りない癖に腹黒いと言う非常に面倒臭い男だ。
「ロディ、今度は何だ? お前には面倒事に反応するダウジング機能でもついているのか?」
「いやぁ……娼館街で殺人があってな」
そう言ってロディは取調室の扉の向こうへと視線を遣った。
「患者は取り調べ中か?」
「いやまぁ、傷自体はそう酷くはないんだがねぇ」
「何だ? 電話の時からオートミールが奥歯に挟まった様な物言いしやがって」
「まぁ……会ってみれば納得して貰えると思うんだけど」
そう言ったロディの後を付いて取調室の横にある覗き部屋へと入った。
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