後悔

いある

今更、遅いけれど。

 僕には彼女がいた。そして僕は、彼女の事を、きっと世界の誰よりも愛していた。何の比喩でもなく単なる事実として愛していた。それほどまでに好きで好きでたまらなかった。

「…」

 ――彼女は控えめな性格をしていた。自分から甘えてくることは無く、微笑みが見れれば幸運といった具合には控えめだった。

 もちろん他の誰よりも彼女の素顔を知っている自信はある。だがその僕をもってしても、彼女に対して語れるのはここまで。


「…畜生」

 無意味だと分かっているが、そんなことは知らぬ存ぜぬとばかりに拳を壁に打ち付ける。何度も殴りすぎて僕の拳はボロボロになり、見るに堪えない有り様だ。

 血塗れの拳は自分に命がある事を証明するかのように、脈に合わせて出血を繰り返す。

 そして、その動作が僕にとって死ぬほど憎たらしかった。

 どうして僕が生きていて彼女がこの場にいないのか。何故死んでしまうという役割を割り振られたのが僕ではなくて彼女なのか。何が楽しくて自分の体を以て生きていることを証明されなければならないのか。

 考えれば考えるほど浮かんでくるのは自らへの憎悪で。


「代わりになることすらできなかった…ってのかよ…」

 そう嘆く僕に数多の人が『君のせいじゃない』『あの子のことはもう気にするな』『運命だったんだ』なんて慰めのつもりか、言葉をかけてきた。

 だがそんなものは俺にとってみれば侮辱の言葉に他ならない。お前には救えなかったのだと。お前には守れなかったのだと。むざむざと現実を突き付けられ、容赦なく心を抉り取られているような、そんな感覚。

 もちろんこんなのは僕が気にしたって変えることができる問題じゃないし、気にするべきでないことも分かっている。だが、だがそれでも尚、自分にできることは無かったのか。そう疑ってしまうのだ。


 尤も。

 ――この手で彼女を抱きしめることすらできなかった僕に、彼女を救う、などとのたまう資格など、無かったのかもしれないが。

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