第57話 それぞれの興奮

 それぞれが、それぞれの思いを胸にその日は眠りについた。


 泰平は自分の数奇な運命に興奮した。

 両親が生きていることに興奮した。

 両親が“人魚”と“牛鬼”を自分にゆずって、まもっていてくれた事に興奮した。

 妖怪たちの思いやりと優しさに興奮した。

 そして、人間である自分が“あやかし引越センター”で足手まといにならないですむ事に興奮した。

 これだけ興奮すれば眠れるわけもなかった。


 翌日は朝から快晴に恵まれた。


 ガッパ爺の作戦どおりに、全員大いに張切り、生きいきと働いた。


 熱帯の生き物達は、河童の五郎と、巨大化した半魚ッチに誘導されて“お帰りボックス”で熱帯の川や湖、沼に帰って行った。

 広く自由な新天地を喜んでくれるだろう。


 リンカ様は池に生息している熱帯の植物を綺麗に片付けてくれた。

 でも噂と違って、ペリカン姿で、大きな口を開けて食べたりはしなかった。

 優雅に両手を広げながら【投げキッス】を送ると、ジャングルの植物がドンドン小さくなって、ついには種になり消えていった。

 その場所に、日本古来の植物が芽を出し始めた。

 小さい緑の息吹はみるみるうちに成長し、色とりどりの花を咲かせた。

 大きく伸びた枝葉は、おたのし池のほとりを木漏れ日で包んだ。


 リンカ様の能力は、植物の時間を操る力だった。


「噂って当てにならないなぁ~~。しかし神族の力って凄いねぇ~」


 リンカ様の作業を眺めていた泰平は、眠そうに眼をショボショボさせながら横にいる雪ん娘に耳打ちをした。


「ちょっと~! 耳に息がかかるでしょ~! ……気持ち悪い♪」


 今日も一日、雪ん娘に振り回されそうな予感がする泰平だった。


「よかろう! これならもう大丈夫じゃ」


“とじこめタンス”に封印していた“イザナギの勾玉まがたま”が、緑色から本来の白色に戻った事を確認したガッパ爺は、半魚ッチに指示をして湖底のほこらに戻させた。


 河童の五郎は、池の浅瀬をゆっくりと泳ぎながら、甲羅から“清々の水瓶みずがめ”を取り出すと、フナや鯉、ゲンゴロウやミズスマシたち池に還した。


 その日の夕刻、全ての作業は無事に終わった。


 おそらく数ヵ月もすると、元の美しかった“おたのし池”に戻るだろう。


「ほんとうに……本当に、ありがとうございましゲロ」


「今度ハ遊ビニ来テッチネ。僕ハココデ五郎ッチト一緒ニ暮ラシテルッチ」


 別れを惜しむ五郎と、半魚ッチに見送られながら、ガッパ爺とリンカ様、雪ん娘と泰平は、また来ることを約束して、輪入道がけん引する荷車とトレーラーに乗り込んだ。


「アッ! しまった~~~~! 大変な事を忘れていたドン~~~!」


 今まさに飛び上がらんとしていた輪入道が、半泣きで声を上げた。


「どうしたんです? 何か大変な事が……」


 荷車から飛び降りた泰平は、オロオロしている輪入道に駆け寄った。

 豪気な輪入道がここまで取り乱している姿を見るのは初めてだった。


「どうしよう……泰平! 大変な事を忘れていたドン~~~」


「とにかく、落着いて輪入道さん! 何が大変なんですか?」


「嫁入道に……嫁入道……」


「嫁入道……あ、奥さんですね!」


「連絡するのを忘れていた! すっかり忘れていたドン! ……無断外泊になってしまった~! 何とかしてくれドン……頼む泰平……」


 輪入道の声が、消え入りそうに小さくなった。


「何とかしてくれと言われても……」


 まだ中学生の泰平に夫婦間のトラブル解決など出来る筈もなかった。


 困った顔で、荷台に座っている三人に振り返った。


「あら♪ あら♪ それは大変ね……輪入道さんは新婚でしたわね♪ 良かったらわたくしが電話をしてさしあげましょうか?」


 リンカ様が、魅惑的な微笑みを浮かべ、透き通った声で言った。


「それだけは勘弁してドン~~! リンカ様の声を聞いたら……嫁入道の嫉妬の炎でワシは燃やされてしまうドン!」


 嫁入道には頭が上がらない輪入道。

 噂はやっぱり本当だったようだ。


「アハハハ~~! 大丈夫じゃ~輪入道!」


 ガッパ爺が、得意満面で笑いながら言った。


「昨日、雪ん娘を迎えに行っている間に“嫁入道”にはワシが電話で説明しておいたからの……帰りは翌日になるとも言っておいたから大丈夫じゃ」


「ガッパ爺ィ~~~♪ ほんとうドンか~~♪ ありがとうドン。このご恩は一生……」


 輪入道の顔が、子供のようにパッ! と明るく変わった。

 目に涙すら浮かべて喜んでいる。


「じゃあ、みんな~! シッカリつかまってろドン! フルスピードで帰るドン~~~」


 輪入道は一刻も早く家に帰りたいのだろう“あやかし引越しセンター”に向かってグングンとスピード上げた。


「ちょ……ちょっと~~! 輪入道さん~~痛いって~~!」


 座り心地の悪い荷台は、いっそうお尻が痛くなる荷台となった。


 その夜――。


 泰平は爺ちゃんにこっぴどく叱られ、夜遅くまで説教された事は、ここでは秘密にしておこう。

 そんな泰平を窓越しにのぞいてハラハラしていた雪ん娘の事も――。


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