世界最強の村人

霜月 紫水

一話 異世界転生は突然に

 何かに抱かれている感覚がする。「よしよし」と言っているかのような手付きで撫でられながら。


 抱かれる事なんて、もう二度と無いと思っていたが、現在それが、いとも簡単に覆されてしまった。


 けれどそれは、もう二十間近の人間がされていいようなものではない。だから、青年はすぐに悟った。


 自分はあの時、死んだのだと。


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 佐藤さとう 蒼波あおばは、十八歳の高校生だった。特徴は特に無いが、じゃんけんには一度も負けた事がない程、運が強く、家族、友人との人間関係も良好だった。


 いじめられる事も、仲間外れにされる事も無く、長かった高校生活に終わりを迎えようとしていた時、ある事件は起きてしまい、蒼波はそれに巻き込まれて死んでしまった。


 その事件とは、首都直下の大地震だ。

 蒼波が通っていた高校は、耐震工事はしていたが、地盤が緩い故に大地震に耐えかね、崩落した。彼はそれに巻き込まれてしまったのだ。


 この大地震はマグニチュード九.七、震度七強。死者約二十万、負傷者約三百万、殆どの建物も倒壊するといった大規模となり、東京が首都として機能しなくなるレベルだった。


 その中であっさり死んでしまった蒼波にその報せは来ない。首都が変わり、色々と複雑になった国家を守る為、奔走する者が現れるが、それはまた別の話。


 それに今の蒼波にそんな事を考える余裕など無い。自分に起きている状況を把握しなければならないからだ。


 現在、蒼波が把握している状況は、何かに抱かれている事、撫でられている事以外何も無い。


 触覚で判断したものはそれらで、味覚は全くと言っていい程、役には立たない。聴覚は聞きなれないでは無く、聞いたことが無い言語が聞こえてくるだけでこれも全く使えない。


 なら使えるのは、視覚と嗅覚だけ。

 まず先に嗅覚を使って、状況を把握する。

 鼻を鳴らし、匂いを嗅いだ。


 始めに鼻を刺激したのは、甘い香りだ。香水などの人工物では無く、自然の香り。

 次は木の匂いだ。木特有の何とも言い表せない香り。

 後は特に香ってくるものは無かった。


 次に視覚を使って、状況を把握する。

 眠たいからなのか分からないが、重くなっていた瞼を無理矢理こじ開ける。


 始めに映り込んで来たのは、ブロンドの髪の二十代前半の女性だった。先程の甘い香りは彼女が発していたものだろう。


 彼女は瞼を開き自分を見ている視線に合わせるように慈愛に満ちた髪色と同系色の瞳で自分の息子へと視線を落とし微笑んだ。


 蒼波には、その微笑みがグサッと心に突き刺さった。彼には、彼女が天使、否、女神に見えた。


 目、鼻、口は、きめ細やかな白い肌に完璧な位置に位置付けされており、唇に塗られている薄い桃色のリップが彼女の女神たらしめる魅力を前面に押し出している。


 現在の位置からは、把握出来ない下半身は後にして、女性の上半身の中で最も重要である胸は中の上の大きさといったところだろう。


 お姫様抱っこの要領で抱かれてる蒼波の右側には柔らかな胸が張ってあるから見れないが、左側には窓があり、その窓からは大きい満月とそれに照らされる大きな木。


 そして草原が広がっており、僅かに窓ガラスに映るのは、ブロンドの髪を一つに束ねる女性とその女性に抱かれる彼女のブロンドの髪を若干受け継いでいる幼い男の子がいた。


 蒼波はこれらの情報から、自分に何が起きて、ここが何処なのかなんて、考える理由もない程に分かりきっていた。


 ここは日本では無く、死後の世界でも無い。それ以外にあり得るのは異世界で、自分に起こったのは異世界転生。


 そして、自分はまだ小さな幼い赤ん坊だということが分かった。


 

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