一夜の共闘resonance

上村アンダーソン

第1話

 時刻は深夜 1 時半を過ぎた頃。たまに吹く冷たい風が肌を刺す。風は冷たさを通り越し て痛いくらいだ。雪こそ降ってはいないが、降ってもおかしくないような師走の候。俺はハゲ上司に押し付けられた残業をやっとの思いで終え、さっさと帰って眠りたいと思い、家路を急いでいた。

 社会人となって 5 回目の冬。あれ?4 回目だっけ。まぁ、どっちでもいいか。俺は生きる目的というものをなくしてしまった。毎日毎日、虚ろな目で、すし詰めの満員電車に乗り、 行きたくもない会社に向かい、やりたくもない仕事をして、ハゲ上司にペコペコと頭を下げ、 遅くまで残業し、家に帰って泥のように眠る。そんな日々の繰り返し。何の目的も楽しみも持たずに生きる毎日。無気力にずるずると、ゾンビのように生きる毎日。あ、ゾンビは死んでるか。もう俺も死んでやりたかった。たいやきくんのように、海に飛び込んでやりたかっ た。ガキの頃は、たいやきくんを哀れんでいたが、今では俺の方がよっぽど哀れだった。だが悲しいかな、俺には死ぬような勇気すらなかった。ハゲ上司には髪がなかった。その点、 自殺する奴の勇気ってのには、感心してしまう。

 現代に生きる多くの社会人は、やりたくない仕事であっても、我慢して働いている人間が 大半だろう。それは家族を守るためだとか、趣味に使う金のためだとか、老後のための貯金 だとか、何かしらの目的があるから耐えられているのだと思う。だが、俺のような何の目的も持たない生ける屍は、半ゾンビマンは、死ぬしかないのだろうか。

 だいたい、社会では当たり前のような考え方になっているが、我慢して働くということが おかしいじゃないか。なんだその虚しい考え方は。何故、俺は毎日、神経が摩耗するほど耐 えて働かなければいけないんだ。ハゲ上司は頭が摩耗してるけど。今の社会で、どれほどの 人間が自分の仕事に誇りを持っていると言えるだろうか。ハゲ上司は誇りどころか髪も持 っていなかったけど。まぁ俺のような弱者が社会の在り方についてどうこう言ったところ で、何も変わりはしないだろう。現実はいつだって、無情だ。ハゲ上司はいつだって、無毛 だ。

 ⻑々と考えてきたけど、もう考えることすら面倒になってきた。もう楽になりたい。楽に なったっていいじゃない。俺は十分頑張ったよ。うん、頑張った頑張った。父さん、母さん、 凪沙、ごめん。俺、先に逝くよ。凪沙なんて妹いねぇけど。

 もうすぐ楽になれると思うと、急に心身ともに軽くなってきた。今なら、鳥人間コンテス トでもいい線いける気がする。でも死ぬにしても、痛い死に方や苦しい死に方は避けたい。 できるだけ楽な方法で死にたい。できるだけ楽な死に方と言えば、やはり睡眠薬の大量投与 だろう。だが、聞いたことがある。昔は、市販されている睡眠薬を一度に大量投与すれば一 瞬だったが、現在は市販の睡眠薬を大量投与しても、逝くことは不可能だと。ならばオーソドックスな首吊りだろうか。自分で言ったことだけど、自殺のオーソドックスってなんだよ。 そんなもんあってたまるか。でも首吊りもかなり辛いと聞くし、万が一、綱が切れる可能性もある。一度失敗してしまったら、もう二度と実行する勇気は湧かなくなるだろう。人間は一度の失敗で簡単に折れてしまうから。シャーペンの芯のようにポッキリと。特に、俺のような弱者はあっさりと。だとするとどんな死に方がよいだろうか。足りない頭で思考を巡らせる。安楽死はダメ、首吊りもダメ、とくれば、餓死か。そうだ、樹海行こう。

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