中編

 6月8日、金曜日。

 梅雨入りをしたこともあってか、今日も雨がしとしと降っている。そのせいでジメジメするのは好きじゃないから、早く梅雨が明けてほしいよ。それで、玲人君と一緒に汗とかが体からたくさん出ちゃうような熱い日々を過ごしたい。


「……って、また私が玲人君に欲を抱いちゃっているじゃない」


 そういえば、玲人君って私に欲を抱いてくれるのかな。口づけとか、その先のことをするときは、私に色々求めてくれるけれど。

 考えれば考えるほど、玲人君のことが分からなくなってきた。

 ただ、玲人君と知り合って2ヶ月くらいだし、分かっていることなんてほんの少しなのかも。それに、分からないことは知っていけばいいんだよね。

 単に甘えていいって伝えても、玲人君に警戒されるかもしれないな……そうだ! 生徒会の仕事をきっかけに言ってみよう。彼は庶務係として勉強している身なんだし。彼にまだやらせたことのない仕事があったはずだ。

 今日も登校すると、玲人君と昇降口で出会った。今日も玲人君は爽やかでかっこいいこと。ジメジメしているからか、彼に近づくと汗の匂いがほんのりと香ってきて。


「どうしたんですか、会長」

「今日も玲人君からいい匂いがするなって」

「……ああ、じめっとしているからちょっと汗掻いちゃいました」

「私の匂いも嗅いでくれていいんだよ!」

「……今は遠慮しておきます。さあ、生徒会室へ行きますよ」


 玲人君に手を引かれる形で生徒会室へと向かう。

 私と玲人君が付き合っていることは生徒のみんなは知っているので、こうして堂々と手を繋ぐこともできる。それがとても嬉しい。

 よし、今日も玲人君がちゃんと登校したから、放課後に甘えていいって伝えてみよう。そう考えて、私は今日の授業を受けていった。



 あっという間に放課後になり生徒会室へ行くと、既に玲人君と樹里先輩がいた。


「授業お疲れ様、沙奈ちゃん」

「お疲れ様です、沙奈会長」

「2人ともお疲れ様。……玲人君。今日はまだやっていない仕事に挑戦してみようか」

「分かりました。頑張ってやってみます」

「うん、頑張ってね。もちろん、分からないことがあったら、先輩である私や樹里先輩に訊いていいからね。あと……私達は先輩なんだから甘えてきてもいいんだからね。特に恋人でもある私には」

「……やけに先輩方に甘えることを推してきますね」


 そう言うと、玲人君は真剣な表情をして私のことを見つめてくる。


「もしかして、僕が甘えてくる姿をこっそりと撮影したりして、僕に弱みでも握ろうとか考えているんですか?」

「そんなことしないって! 玲人君が甘えてくる可愛らしい姿を録画して、幸せな気持ちに浸るのもいいかなとは思うけど」

「私も甘えている逢坂君がどんな感じなのかは興味あるかな」

「副会長さんまで。本音が出ちゃっているじゃないですか。これまでも多少は甘えていると思うんですけどね。仕事で分からないことは訊きますけど、会長や副会長さんに甘えるなんてことはしません。さあ、お二人には大好きなレモンティーを淹れますから、今日も生徒会の仕事を頑張りましょう」

「おっ、ありがとね、逢坂君」

「……ありがとう」


 玲人君は私と樹里先輩にレモンティーを淹れて、生徒会の仕事を始めてしまう。難しい仕事をやらせているからか、いつも以上に真剣な様子だ。これじゃ、私に甘えてくることは絶対になさそう。

 ううっ、玲人君に警戒されちゃったのは、間違いなくこれまでの私の行動の悪さが原因だ。ロープで玲人君の体を縛り付けたし、玲人君の自宅の住所を調べて突撃したことも無断で突撃したし、玲人君の部屋にいくつもカメラを仕掛けたし。特にカメラのことがバレたときは凄く怒ってた。

 彼が言っていたように、仕事中、分からないところを質問してくることはあったけれど、私に甘えることはなかった。

 あぁ、今日のレモンティーは美味しいけれど、何だかほろ苦い。玲人君に甘えられるまでは帰れないと思ったときもあったけど、今日は無理そうかな。

 それでも、仕事をきちんと終わらせたときには、いつも通りに玲人君のことを抱きしめて口づけをするのであった。



 家に帰るとすぐに琴葉ちゃんに電話をかけて、今日の放課後のことについて話した。

 すると、琴葉ちゃんはクスクスと笑って、


『なるほど。そういう展開になっちゃいましたか。考えてみれば、沙奈さんはレイ君に色々なことをしてきましたもんね』


 そんなことを言ってきた。琴葉ちゃんはアリスさんの魔法で、玲人君や私の様子を見ていたんだもんね。


「玲人君が警戒するのは無理ないし、反省してる。何だか、玲人君に甘えてもらうハードルが更に上がった気がするな」

『過去のことは変えられませんからね。そういうことはしないと言っても、レイ君はなかなか信じてくれないかもしれませんね』

「うっ……!」


 自業自得であると分かっているとはいえ、誰かに指摘されると心が痛い。ミッションがあったとはいえ、自分本位でやり過ぎちゃったな。そのしっぺ返しが今になって来ているんだな。


『沙奈さん、大丈夫ですか?』

「……自分の罪深さを今になって思い知っているよ」

『そうですか。沙奈さんは恋人ですし、レイ君も段々甘える場面が出てくるんじゃないかなと思います。ただ、すぐに甘えてほしいなら、いっその事……レイ君に甘えられたいと甘えてみるのがいいかもしれません』

「……なるほど。甘えには甘えか」

『そ、そういう風にも言える……のかな? 甘えられたい理由を話せば、レイ君も沙奈さんに甘えやすくなりそうな気がします』


 今日は甘えていいと言ったから警戒されちゃったけれど、甘えてほしいって言えば、玲人君はきっと私に甘えてきてくれるはず。


「ありがとう、琴葉ちゃん。何だか光が見えてきた気がする!」

『ふふっ、大げさですね。健闘を祈っていますよ』

「うん! 甘えてきてくれたら、そのことを琴葉ちゃんに連絡するよ」

『はーい。それを楽しみに受験勉強頑張りますね』


 意識を取り戻してから少し日にちも経ったので、琴葉ちゃんは1年遅れの高校受験に向けて受験勉強に本腰を入れ始めたそうだ。家からは遠いけれど、月野学園も選択肢の1つにあるそうで。


「受験勉強頑張ってね。分からないところがあったら私に訊いてきていいから」

『はい! レイ君だけじゃなくて沙奈さんもいるのは心強いです! じゃあ、失礼します』

「うん」


 琴葉ちゃんの方から通話を切った。

 明日は土曜日でお休みだから、玲人君のお家に遊びに行って甘えてもらおう。なので、遊びに行きたいというメッセージを玲人君に送る。

 すると、すぐに玲人君から返信が届く。


『いいですよ。予定もありませんのでいつでも来てください』


 今日の放課後の玲人君からして、家に来てほしくないって言われるかもしれないと思ったけれど、このメッセージを見て安心した。

 よーし。明日、玲人君との時間を思いっきり楽しむために、月曜日に提出する課題をさっさと終わらせちゃおう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る