エピローグ『茜と緑』
初めての同人誌即売会はまさかのコスプレ参加だったけど、個人的にはなかなか楽しい内容だった。そう思えたのは沙奈会長達が一緒だったからかな。あとは、僕のコスプレは好評だったのも楽しかった理由の一つかも。
沙奈会長達もとても楽しそうにしていたな。沙奈会長なんてクレアにコスプレしているのをいいことに、僕に何度もキスしてきて。僕は恥ずかしかったけど、沙奈会長が幸せそうだったのでよしとするか。
有村さんも、桜海に帰る前に楽しい思い出ができたんじゃないかと思う。もしかしたら、桜海に帰った後に蓮見さん達に今日のことを話したり、コスプレした姿の写真を見せたりするのかな。そう考えると今から恥ずかしくなってしまうな。
イベントが終わって更衣室に戻ったとき、この前の旅行から帰ってきたときのような寂しさを抱くのであった。
午後5時過ぎ。
コスプレ衣装から私服に着替えた僕らは会場を後にする。会場ではずっとゴシックドレスを着ていたからか、私服がとても軽く感じて涼しく思える。
「玲人君、今日は楽しかったね」
「ええ。コスプレも好評でしたし、同人誌も何冊か買えましたからね。あと、コスプレ中に沙奈会長と何度もキスすることになるとは思いませんでしたよ」
「私は許される限りずっとしたかったけどね。ほら、私はアリシアと結ばれるクレアのコスプレをしていたし。今日は幸せな日になったよ」
そう言って、沙奈会長は満面の笑みを見せてくれる。まさか、イベント中に僕とキスしたいから、沙奈会長と僕は作中で結ばれるクレアとアリシアのコスプレをすることに決めたのかな。
「いやぁ、楽しかった!」
「良かったよ、咲希にそう言ってもらえて。これで東京での思い出を一つ作れたかな?」
「もちろんだよ、樹里。誘ってくれてありがとう。沙奈ちゃん達もありがとね。みんなのおかげで、今までのコスプレの中で一番楽しかったかもしれない」
「そう言ってもらえると、親友として嬉しいよ。また、いつか一緒にコスプレしたり、遊んだりしようね」
「もちろんだよ。いつでもいいから、桜海に遊びに来てね。沙奈ちゃん達と一緒に」
「分かった」
有村さんにとっても、今日のことがいい思い出になったようで良かった。これをご家族や桜海にいる蓮見さんなどに話すのだろうか。
もし、いつか副会長さん達と桜海に行くことになったときは、有村さんが好きである蓮見さんと会ってみたいなと思う。
そんなことを話していると最寄り駅へと到着する。ここで琴葉やアリスさんとは別れることになるのかな。
「もう駅ですね。みなさん、今日はありがとうございました。漫画のイベントやコスプレも初めてでしたけど、とても楽しかったです」
「良かったよ、琴葉。これからも定期的に会おう」
「そうだね、レイ君。咲希さんも蓮見さんという方に頑張って想いを伝えてくださいね! あたしも幼なじみに想いを伝える経験をしました。フラれて悔しい想いもありますけど、好きだって伝えられて良かったと思えましたから」
「そうなんだね。ありがとう、琴葉ちゃん。あたし、桜海で頑張ってみるよ」
「あたしも応援していますよ。気持ちを伝えることで、チャンスを掴めるかもしれませんから。頑張ってくださいね」
「はい、アリスさん」
アリスさん、穏やかな笑みを浮かべながらそう言ったってことは、まさか……ね。彼女の魔法を使えば、蓮見さんの現状を知ることもできそうだけど。ただ、そこは訊かないでおこう。
「琴葉、行き先が同じ方向ですから一緒に行きましょうか。そろそろ来ますよ」
「分かった。じゃあ、あたしはこれで。今日はありがとうございました!」
「失礼いたします」
そう言うと、琴葉とアリスさんは一緒に小走りで改札を通っていった。アリスさん、交通系ICカードを持っているんだな。意外だ。
僕らも2人の後に続いて改札を通り、2人とは逆方向のホームへと向かう。そのときには琴葉とアリスさんが乗る電車が到着しており、車窓から2人が僕らに手を振ってきた。
2人が乗る電車が発車してから数分後に、僕らの乗る八神方面の電車が到着した。僕らはそれに乗ることに。
「ねえ、沙奈ちゃん、逢坂君」
「はい、何でしょう」
「どうしたんですか、咲希先輩」
「イベント中に何度もキスしていたから、とてもキュンってなったよ。何度も見せつけてくれちゃってさ。本当にいいカップルだなって思った」
イベントが終わってからそんなことを言われると、恥ずかしさがジワジワと襲ってくるな。からかわれたりしていないだけマシだけど。
「そうですか。キスすることを見越した上で、沙奈会長は自分がクレアで、僕がアリシアのコスプレをさせたんだと思いましたけど」
「それもあるかな。でも、玲人君なら素敵なアリシアちゃんになれると思ったのが一番の理由だよ」
「本当ですかぁ?」
「本当だって。でも、実際にアリシアにコスプレした玲人君は素敵だった。きっと、誰にも敵わないと思うくらいに」
「会長がそう言ってくれて嬉しいですよ。今日、コスプレをやってみて良かったです。誘ってくれてありがとうございます」
僕にとってもいい思い出作りができた。もし、次にコスプレをすることがあるなら、かっこいい男性キャラクターがいいかな。
「桜海に帰って、翼が誰とも付き合っていないことが分かったら、沙奈ちゃんと逢坂君のようなカップルになれるように頑張るよ」
「頑張ってくださいね、咲希先輩!」
「僕も東京から応援していますよ」
「あたしは恋愛経験がありませんが、何か力になれればと思います」
「咲希ちゃんにとって納得ができる道に進めることを祈っているよ」
「桜海で勉強も恋も頑張ってね、咲希」
「うん!」
そのときに見せた有村さんの笑みは今まで見た中で一番素敵に思えた。茜色になり始めた陽の光が彼女の顔を照らしたことで、より印象的な笑みになって。
「少しずつ新緑の山が近づいているね。緑色は好きな色だなぁ。青春って感じがして」
「へえ、そうなんだ」
「桜海は八神よりも緑も多くて、大好きな故郷だよ。勉強も、恋も……色々なことで納得できるように精一杯頑張るよ」
「うん、頑張ってね。引っ越すまであと半月くらいはあるけど……いってらっしゃい、咲希」
「いってきます、樹里」
副会長さんと有村さんはぎゅっと抱きしめ合った。2人の目からは涙が流れていて。それは、2人が出会ってから今日までの軌跡なのだと思った。親友という2人の関係はこの先もずっと続いていくことだろう。
そして、5月末。有村さんは桜海市へと引っ越していった。
10年以上前から抱いていた恋心を、有村さんは故郷で成就させることができるのか。そして、納得する道へと進むことができるのかどうか。それはまた別のお話で。
特別編-Green Days- おわり
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